学校帰り、自分の雑誌と佐久間に頼まれた漫画を買いに来た本屋で「彼氏に作ってあげたいお弁当」みたいなタイトルの本と睨み合うこと、すでに三十分以上が経過した。表紙にはかわいらしいお弁当がでかでかとプリントされてて、その横に「彼のハートを掴もう!」というピンクの文字。対してわたしが手に持つのは音楽雑誌と少女漫画だ。なぜ少女漫画かと言うと佐久間曰く「男が少女漫画買えるわけないだろ」と言うことらしいので、しょうがなく毎回わたしが買ってきてあげてるのだ。雑誌と漫画、二冊で「彼に作ってあげたいお弁当」一冊分に値する金額。あいにくわたしの財布には千円札が一枚と五百円玉が一枚ほどしか入っていない。しかもその五百円は佐久間のお金である。
雑誌と漫画も買わなきゃいけないけど、源田にもこういうお弁当を作ってあげたい。うんうんと悩むこと、さらに十分。結局わたしは諦めることにしたのだった。



「お前それで漫画を買わなかったのかよ。ふっざけんな」

ガッという音と共に机の下で佐久間の足がわたしの椅子を蹴った。続けて足も。お前こそふざけんな。わたしも負けじとやつの脛を狙ったが、ひょいと避けられて逆に脛を蹴られた。弁慶の泣き所だ。ほんとにお前ふざけんな。

「俺の金返せ」
「ちょっと、わたしが盗ったみたいじゃん」
「事実だろ」
「今度返すってば」
「今度っていつだ」
「来月のお小遣い日かな」
「…ったくしょうがねーな」

佐久間は机に出された「彼に作ってあげたいお弁当」のページを頬杖をつきながらペラペラとめくった。それをわたしも一緒に覗き込む。オムライス弁当、からあげ弁当、サンドイッチ。どれもこれもカラフルでおいしそうなものばかりだ。ああ、源田はどれが「そういえば、お前料理なんてできるのか?」


佐久間が言ったことは大変不本意だが正論である。はっきり言おう。わたしは料理をしたことがほとんどない。「えっ、できないけど?」そう言えば、彼は眼帯じゃない方の目をぱっちりと開いて、数回瞬きをした。この子まつげ長いなあ、そんなことをぼーっと考えていたらいきなり頭を叩かれた。不意打ちだ。

「お前っ料理もできないくせに買ったのかバカ!まじで金返せ!」
「できるようになるもん」
「予定とか聞いてねーんだよ!」

バカバカと佐久間が連呼してくるので、わたしは両手で耳をふさいだ。さらに目も瞑ってやった。あーあー何も聞こえませーん。大体からしてそんなにあの漫画が読みたかったのか、この男は。





「…なんで俺が食べなきゃいけないんだよ」

佐久間は机に置かれたお弁当を見て、げんなりした顔でわたしに言った。これはわたしが今日の朝、早起きして作ったものだ。なんで、ってそんなの決まってるじゃないか。

「源田に食わせればいいだろ」
「はあ?源田のために作ってるのに試作品なんて食べさせられるわけないじゃん!」
「…」
「はやく食べてみて」

朝練でお腹すいてるでしょ?そう言えば佐久間はげんなりしたままゆっくりとお弁当を開いた。今日はオムライス弁当だ。一応昨日の夜も練習したし、悪くはないはずだ。「朝からこんなゴツいもん食えない」という佐久間の言葉は無視してスプーンを渡す。「…死刑宣告だろ」彼はまた何か言ったようだが、気にしないでおく。

「ねえ、どう?」
「まずい」
「即答かよ」

佐久間はもぐもぐと口を動かしながらも即答した。しかも、たまごが焦げてるとかご飯がべちゃべちゃしてるとかニンジンはもっとちいさく切れとか散々に言ってくれた。そのわりには全部食べてくれたけれど。



そしてオムライス弁当を作って三日目。二日目は、まあまあの感想だったし、今日は完璧なはずだ。今日も出されるオムライスに佐久間は「ニンジンちいさく切っただろうな」と恨めしげに呟いた。

「…何をしてるんだ?」

ふと一口目をすくおうとしていた佐久間のスプーンが止まる。聞き慣れた声に後ろを振り向くとそこにはいつの間にか源田が立っていた。

「あ、源田。なんかこいつが、いてえっ!」
「言っちゃだめ!」

思いっきり足を蹴飛ばせば、佐久間は下を向いて足を押さえながら悶える。どうやら弁慶の泣き所に当たってしまったらしい。ごめん、あやまるわたしの隣に源田が来て、オムライス弁当を見た。

「…弁当?お前が作ったのか?」
「違うの!ほんとになんでもないの!」

オムライス弁当が完璧に作れるようになるまでは、源田にバレるわけにはいかない。だってサプライズにする予定なんだから。何でもない!と連呼しながら慌ててお弁当のフタを閉じようとした。と、その手が止められてサッとお弁当が奪われる。しっかりとした大きな手、源田だ。

「ぎゃあああちょっと源田!」

わたしが止める間もなく源田はスプーンでオムライスを口に入れる。というか、かきこんだ。実に豪快な食べっぷりである。それにはさっきまで痛みに悶えていた佐久間も勿論わたしも唖然としてしまう。もぐもぐ、とよく咀嚼した後、源田は空になった弁当をコトンと机に置いた。

「うまい」

大きな声でそうはっきりと告げた源田に、佐久間とわたしは思わず顔を見合わせる。瞬き。

「佐久間、こいつ借りるぞ」
「…どーぞ」

ギュッと強く手を引かれて教室を出る。人気のない階段まで来ると、それまでずっと黙っていた源田はやっとその口を開いた。

「…なんで佐久間に弁当作ってたんだ」
「れ、練習を」
「俺でいいだろう」
「だって、源田にびっくりしてほしくて…」
「気持ちは嬉しいが、」

少し、嫌だ。そうふてくされたようにちいさく呟いた源田に心臓がギュッとして思わず抱きつけば、彼はその優しい手のひらでわたしの頭をゆっくりと撫でてくれるのだった。

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