わたしの彼氏である佐久間は、自分で言うのも少しおかしいけれど、かっこいいと思う。顔は。問題なのは中身だということにわたしは最近気付かされた。

始まりは帰り道の佐久間の「お前って…上原まりんに似てるな」の一言だった。えっ、上原まりんって誰?右隣の彼にそう聞き返しても、佐久間の興味は既に上原まりんから道路を挟んだ反対側のコンビニへと向いていた。「なあ、すげえ腹へった」聞けよ。上原まりんって誰だよ。


「佐久間くーん…早くしてよー…」
「ちょっと待てよ」
「何をそんなに迷ってるの?コンビニに30分いるとか恥ずかしすぎるんだけど」
「まあ、ちょっと待てよ」

さっきから佐久間が真剣に見てるのはおにぎりやお弁当がずらりと置いてある棚で、うーん…なんて言いながらおにぎりを吟味している。ちなみに明太子とわかめと炒飯らしい。系統が違いすぎて比べる対象にはならないんじゃないのかとも思ったけれど、それを言ったらこのままコンビニに一時間居座ることになりそうだったので、わたしは黙っておくことにした。それだけは避けたい。チラリと佐久間を見れば、わかめは止めたようである。いいぞ、その調子だ。彼が悩んでいる間、わたしは手に持ったペットボトルのラベルを読んで遊ぶことにした。原材料名、アセスルファムカリウム、スクラロース、アスパルテーム……別におもしろくない。

「よし、決めた」

ラベルの小さな文字を読むのもおもしろくなくなってきたところで佐久間の呟きが聞こえて、わたしはバレないようにほっと安堵のため息をついた。結局何にしたんだろう、気になって彼の手元を覗き込めば、手に持っているのは何とも迷っていないはずのカツ丼だった。この数分間で何が起こったのだろうか。
レジに向かう途中の小さな雑誌コーナーで佐久間は立ち止まる。いきなり立ち止まるものだから、化粧品コーナーをよそ見していたわたしは背中にぶつかってしまいそうになった。

「ちょっと!」
「これこれ」
「ん、何が?」

後ろから顔を出して覗いてみれば、佐久間が指差しているのはなかなか際どいグラビア誌で、わたしは思わず眉をひそめてしまった。

「さっき言っただろ、上原まりん」

全く呆れて言葉も出ない。





コンビニから出て川原沿いの道を少し行くと、小さな公園がある。どうしてもそこのベンチでカツ丼を食べたいと言う佐久間の意味不明なわがままにより、わたしたちはコンビニの白いビニール袋をぶらぶらとさせて川沿いを公園に向かった。
その途中、佐久間がいきなりグリコをやりたいなどと言い始めたので付き合ってあげたが、いちいちじゃんけんするのがめんどくさくなったのか、はたまたやっと恥ずかしさに気付いてくれたのか、いつの間にかグリコは終了していた。またふたりでだらだらと砂利道を歩いていく。日はもう半分落かけていて、わたしと佐久間の影が情けなくななめに伸びていた。

公園に入るとなんだか懐かしい遊具がわたしたちを迎えてくれる。滑り台、シーソー、ぶらんこ。昔はあんなに夢中になって遊んだのに、いつからか遊ばなくなり、公園に来るのでさえ億劫になってしまっていた。子供とは不思議なものだ。わたしも佐久間もまだ子供だけど、もう滑り台でひとつで喜んでいられるような歳じゃないし、そんな時間もないというのに。同じ子供でも過ぎていく時間はわたしたちの方が随分と速い。


滑り台の横にぽつりと置かれたベンチに腰をおろすと、公園内がよく見渡せる。
ガサガサと隣でビニール袋の音がして、さらに割り箸を折る軽い音も聞こえた。佐久間がカツ丼でも食べてるのだろう。あんなにきつい練習した後だから、お腹が空くのも当然だ。それにこんなに細くても佐久間は意外とよく食べる。やっぱり男の子なんだなあ、と長いまつげを見ながらも思ってしまう。

「何だよ」
「ん、別に?」
「…怒ってるのか?」

怒ってないよ、ベンチの背もたれに寄り掛かって答える。佐久間は「よかった」と呟くと、また箸を動かし始めた。その途中、「食う?」と聞かれたが、カツ丼の気分ではなかったので断っておく。
すっかり薄暗くなってしまった公園にはもちろん人の気配はなく、ぼんやりと電灯がところどころを照らしているだけであった。

「なんか…こうしてるとホームレスみたいなんですけど」
「それ、キツいな」
「ほんとだよ」
「まあ、俺がしっかり稼いでやるからお前は心配しなくていいぜ」

ゴミと書かれたカゴにビニール袋を捨てながら言うものだから、思わず聞き流してしまいそうになった言葉をもう一度頭の中で繰り返す。公園が暗くてよかった。きっと今わたしの顔は真っ赤になってしまっているだろうから。

「そろそろ帰るか」
「…はーい」

ベンチから立ち上がってスカートのシワを伸ばす。先に歩き出した佐久間の背中を小走りで追いかければ、自然と繋がる右手。
今はこの手をしっかりと握っていよう。わたしたちが大人になってもずっと離れないために。

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