フィディオの目はまんまるの青い宝石みたいだ。サッカーをやっているとき、その宝石は太陽の光できらきらと輝いて、まるで中でいくつかの星が一斉に瞬いてるようにも見える。わたしはそれがほしくてほしくて、精一杯両手を伸ばしてみるけれど、その手が彼に届くことなんて絶対にないのだ。
テレビの中の試合中継でしか見たことのない彼は普段一体どんな顔で笑って、どんな声でみんなと話すのだろう。ストロベリーのミルフィーユをフォークの先で丁寧に切り分けながら、ひっそりとそれを考えるのはなかなか楽しいけれど、考え終わった後のひとりはいつもさみしい。



今日の夕食のパスタはトマトベースにしようか、それともオリーブオイルベースにしようか。お父さんはトマトベースが好きだけど、お母さんはオイルベース派なのだ。ちなみにわたしはどちらも好きなのだけども。うんうんとスーパーの棚の前で悩むこと約10分間。結局わたしはどちらの瓶も買ってしまうのだった。優柔不断。

袋にさっき買った瓶を2本とパスタにちょうどいい夏野菜を入れてぶらぶらとさせながら、くねくねと曲がった細い路地を歩く。真夏の少し元気すぎる日差しがそこらじゅうに反射して、窓ガラスがきらきらと輝いた。建物の向こう側に見える海は白と鮮やかな青とのコントラストを美しく描いている。わたしは頭に載っかったまま落ちそうな麦わら帽子のつばを掴むと、もう一度深くかぶり直す。視界が少し悪くなったけど、この暑さには敵わないのだ。
小さい頃によく歌っていた歌を軽く口ずさみながら、イエロー、オレンジ、ブルー、色とりどりのタイル張りの建物の角を勢いよくぐるーんと曲がったときのことだった。麦わら帽子の奥から見えるはじっこに、スニーカーを履いた人の足が見えて、わたしは思わず、目をぎゅっと瞑ってしまう。「う、わ!」びっくりしたような男の子の声。そして次に来るはずの衝撃を待ち構えていたのに、その衝撃はいつまでたっても来なかった。あれれ?不思議に思っておそるおそる目を開けると、今度はスニーカーではなくて、その代わりにまんまるの宝石のようなブルーの瞳が、麦わら帽子で遮られた視界のはじっこからじいっとわたしの顔を覗き込んでいた。

「ごめん!大丈夫?」


そのときのわたしの表情といったら、きっともう相当ひどい。思い出すのも恥ずかしすぎて顔から火が出てしまいそうだ。だって、わたしの顔を覗き込んでいるのはテレビで何度も何度も繰り返し見た、フィディオ本人だったのだ。「え、うあ…ええええ!」何を言ったらいいか、もう何も分からずに混乱を通り越して放心状態にあるわたしをじいっと見ていた彼は、いきなり大きな声で元気よく笑い出した。

「あはは!顔が真っ赤でトマトみたいだよ!」
「トマトですか…」
「大丈夫?怪我してない?」
「は、はい。大丈夫…」

こんな奇跡みたいなことが起こるのならもっとかわいい格好してくればよかった。この前お母さんにねだって新しく買ってもらった新作のワンピースだって、まだタグがついたままクローゼットに静かにしまってある。なんとなく特別な日に着ようと思ったのだ。今日がまさにその特別な日じゃないか!
後悔しても今日のわたしが着ているのは、もう何回も着たようなくたっとしたワンピースだし、履いているのはサンダル。ペディキュアだってしてない。ああもう、わたしってどうしてこう上手くいかないんだろう。おまけに恥ずかしくて下を向けばワンピースの裾がほつれているのまで発見してしまって、目の前の彼に気付かれないよう、そっと右手で裾を握りしめた。

「ねえきみって、ここら辺に詳しい?」
「い、一応!」
「じゃあ時間があったら案内してくれると助かるなあ。実は迷っちゃったんだ」

ぱちん!とウインクと一緒に言われたらわたしの心臓はもう限界寸前だ。





狭い町のそこらじゅうをあちこちと忙しく走り回り、ベンチに座って休憩していると公園にいたワゴンからフィディオがアイスクリームを買ってくれた。「ねえ!ストロベリーとバニラ、どっちがいいー!?」両手をメガホンのようにして遠くから叫フィディオに負けないようにわたしも手を口に当てて大きな声で叫び返す。「バニ…えっと、ストロベリー!!」「分かった!」ワゴンのおじさんは笑っていた。片手にアイス、わたしはストロベリーでフィディオはバニラ。ふたりで並んでベンチに座っていると、どうしても全身がくすぐったくなってしまう。周りから見ればカップルに見えなくもない、のかなあ、なんて。

「ほんと、すごく助かったよ!」
「わたしこそ…」
「ん?わたしこそ?」
「た、楽しかった…」

きょとんとした表情でこちらを見つめるフィディオのまっすぐな視線が恥ずかしくて、わたしは思わずアイスクリームにかじりついた。口の中に広がるストロベリーの味。フィディオは大きな目をさらに大きくすると笑って、同じようにバニラのアイスクリームをぱくりと食べた。「おいしい!」それだけで、わたしはもう泣いてしまいそうに苦しくて、さみしくて。



真っ青な海にも鮮やかなオレンジの夕日がかかるころ、ふと左手の腕時計を見ればそろそろ夕食を仕度を始めないといけない時間になっていた。フィディオもわたしと同じように腕時計を覗きこむ。

「そろそろ時間だね」
「あ…うん」
「今日はすっごく楽しかった!こんなに楽しかったのは久しぶりだよ」
「わたしも!」

「……そんな顔するなよ」

そんな顔?わたし今、一体どんな顔をしているのだろう。「泣いてる」静かにつぶやく声が上から降ってきて、地面にぽたりと水玉模様が出来た。

「ごめん、すぐ、止めるから」
「…きみは泣き虫だなあ」

ちゅ、と小さなリップ音と共に右のほっぺたにあたたかい感覚。思わずそこを押さえてズザアアアアと1メートルほど後ずさりすれば、フィディオはにっこりと笑って言った。「次の試合、きみに特等席のチケット送るから。見に来てほしい、絶対」


海よりも何倍も何倍も濃いブルーの美しい宝石にはわたしが映っている。違う、わたししか、映ってはいないのだ。

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