ベッドに放り投げられた携帯は、さっきから一体何度目なのか分からない低い振動を私に伝える。ディスプレイ表示は、一之瀬くん。やだなあ、今は出たくない。端っこのちいさな電源ボタンを親指の先で長押しすれば、意図も簡単に画面は真っ暗になった。パタンと使い物にならなくなった携帯を閉じて、わたしも同じようにベッドに寝転がる。


今までケンカをしたことがないわけじゃないけど、こんなに泣いたのは初めてかもしれない。少しでもネジがゆるむと、涙はポタポタと落ちてきてしまう。だって、一之瀬くんはわたしとの約束すっぽかしたくせに。久しぶりに映画見て、おいしいケーキ食べよう!ってメールが一之瀬くんから来たときは本当に本当にうれしかったのに。わたしばっかりが浮かれてて、これじゃあ好きなのはわたしだけみたい。

「…ばか」

ばか、一之瀬くんのばか。
…本当は、全然ばかなんかじゃないけど。頭良いし英語とか上手だけど。でもわたし、すっごく楽しみだったんだよ。一之瀬くんの好きそうな映画の上映時間だってちゃんと調べたし、あのかわいいケーキ屋さんだって。今度ふたりで行こうねって約束してたから、友達と行くのはずっとがまんしてたのに。

好きなのは、わたしだけじゃない。そう自分に言い聞かせるのに不安はどんどんと募るばかりだ。このままじゃいつか崩れてしまいそう。一番でいたい。ねえわたし、わがままでもいいからずっとずっと一之瀬くんの一番でいたいよ。

「…一之瀬くん」

呟くと同時にまた抑えきれない涙が溢れて、ポタポタと枕やシーツに水玉模様を点々と描いていく。ぎゅっと枕に顔を押し付けて、わたしはちいさな子供みたいにわんわん泣いた。





「…起きて、」

誰かの手で優しく肩を揺すられて、重いまぶたを無理矢理上げる。視界に映る光はひどく眩しくて、思わず何度か瞬きを繰り返した。
そしてようやく明るさにも慣れたわたしの目は、ベッドと同じ高さまでしゃがんでこちら見つめる男の子を捉えた。ブラウンの柔らかそうな髪の毛、見慣れたサッカーユニフォーム、そして困ったように笑う顔。ぼんやりとしていた頭が一瞬にして冴え渡った。

「…いい、一之瀬くん!?」
「おばさんに入れてもらった。さっきはごめん」

なんでどうしてわたしの部屋に!横になった体を慌てて起こし、そう言おうとして開きかけた唇は、わたしの腕を強く引っ張った一之瀬くんの唇と重なった。掴まれたままの手首が一之瀬くんの体温を伝える。わたしの唇は起きたばかりでまだリップも塗ってないし、きっとかさかさに乾燥してただろう。どうしよう。やだな、すごく恥ずかしい。

「…一之瀬くん、わたしすごく楽しみにしてたんだよ」
「本当ごめん」
「ばか、」
「うん。俺、ばかだね」

だけど、嫌いにならないで。そのままぎゅっと抱き締められてわたしは一之瀬くんの肩に顔を埋めた。練習後の一之瀬くんは少し火照っていつもよりあったかい。練習が長引いてたことぐらい考えれば分かるはずなのに、ばかでわがままなのは、わたしの方じゃないか。

「あと、これ」

体を離した一之瀬くんが申し訳なさそうにエナメルバッグの横から持ち上げたのは、ピンクやイエローの花が散りばめられた、それはそれはかわいらしいちいさなケーキボックスと見慣れたレンタルショップの青いバッグ。

「フルーツタルトにしたんだけど、」

好き?そう言って首をかしげる一之瀬くんに思わず涙がこぼれた。好き。大好き。あなたもフルーツタルトも、どっちも好き。泣き顔を手で覆い、何度も頷けば一之瀬くんは「よかった」とちいさく笑って、わたしの前髪にキスをひとつ落とすのだった。

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