お湯をはった浴槽に体を沈める。ちゃぷん、ここは静かだ。ちゃぷん、もう一度わざと音をたててみれば、狭い浴室に音が反響してさらに寂しさが増しただけだった。さみしい、さみしくて死んじゃいそう。さっきそう丸井に言ったら、ふーん、あっそ、だって。笑える。あいつほんとに彼氏かよ。
いつだってそうだ。好きと言ってくれたことなんかちょっとしかない。丸井が他の子と黙って遊びに行ってたことを知って、わたしが別れるって泣いたとき、あと告白されたとき。あれ、よく考えれば二回じゃん。なんで一緒にいるんだろ。頭悪いな。てか、あの人、わたしなんかきっとどうでもいいんじゃないの。わたしよりケーキの方が好きなんじゃないの。わたしよりおっぱいおっきいあの子の方が好きなんじゃないの。ブクブクと鼻のあたりまで顔をお湯に沈めてみる。すこし苦しい。ぶくぶく、けっこう苦しい。あっそ、さっきの丸井の声が、顔が頭を過る。うぜえー…、むかついたから顔をあげる。肺全体に湿った空気が戻ってきた。馬鹿らしい。あがらなきゃ。
バスタオルで体を拭き、ジャージとTシャツに着替えて部屋に行くと、わたしと同じような格好をした丸井はソファに寝転がって勝手にアイスを食べていた。くるり、私に気づいた真っ赤な頭がこちらを振り向く。
「なんでアイス食べてんの」
「だって、あちーし」
「ちょっと、勝手にクーラー付けんな」
「あちーんだもん」
リモコンを奪ってクーラーを止めた。
「てかお前今日珍しく長風呂だったじゃん」
「死んだかと思った?」
「うん。まじで死んじまったかと思った」
「…わたしが死んだら、丸井は寂しい?」
丸井の隣に座り、ゴムでとめておいた髪をおろしてドライヤーで乾かす。丸井は何だよそれ、と笑い、残りのアイスを口に放り込んだ。そしてそのあと急に真面目な顔になって少し考えた。
「俺、寂しくて死んじまうかも」
「…それほんと?」
「ほんとほんと」
「嘘だー」
「いやいや、まじだって」
丸井が私の髪を指に巻き付けて遊びはじめたので、わたしはさっきのゴムで丸井の前髪を縛ってやった。なかなか似合うよ、と笑ったら、お前もやってやる、と部屋に落ちていた輪ゴムで同じように前髪を縛られた。
「…輪ゴムとか超痛いんですけど」
「なかなか似合う」
「嬉しくない」
「なあ、なんか甘いもんないの?」
「は?さっきアイス食べてたじゃんか」
「なんかこう…もっとスイーツ的な?」
ちょっくらコンビニ行こうぜい、と立ち上がった丸井はわたしの手を掴み、引っ張る。ちょっとわたし、お風呂上がりなんだけど。スッピンなんだけど。そんな抵抗虚しく、半分引きずられながら結局部屋を出る。
「あ、前髪…」
「お揃いじゃん」
マンションの階段で気づいて慌てて取ろうとしたら丸井に制止された。恥ずかしいけど、お揃いじゃん、と笑った丸井。バカップルみたい、最悪。恥ずかしさに悪態をつけば丸井は確かに、とまた笑った。コンビニまであと少し。手を繋ぐ。
「これで寂しくないだろい」
なんて、嬉しいけどなんだか余計に寂しくなって、わたしのだめな気持ちに気付いてるみたいで、繋がれた手にぎゅっと少し力を込めた。好き、そう丸井は小さく言った気がした。