イギリスはわたしに優しかった。わたしを見るエメラルドの瞳がいつでも悲しく美しい光を浮かべていることに気付いたのは、彼に初めて抱かれた時だ。その瞳は行為中も変わることなくわたしをじっと見つめていた。憂いを帯びた光で、エメラルドは悲しく光を湛える。この瞳で見つめられると何も出来なくなってしまう。口を開くことも、睨みつけることも、何もかも。わたしはただ彼の前では、人形の一種にすぎない。上質なレースをふんだんに使った美しいドレスを着せられ、宝石のあしらわれた重たい髪飾りをつける。彼の瞳と同じ、大きなエメラルドの揺れるピアス、それは酷く冷たく熱を持たないまま。

「本当に、お前はきれいだな」彼の手がわたしの髪の毛を撫でる。ゆっくりと、愛しむように。彼のきれい、の意味もきっとわたしに向けた言葉ではないだろう。彼は彼が作り上げたわたしが好きなのだ。自分自身の作品のひとつとして。「まるでミルクティみたいだ」確かに上等なケアを施されているわたしの髪の毛は、波打つようなアッシュに輝いている。イギリスの手がそっと頬に触れた。顎に手を添えられて、彼の方を向かせられる。目が合った。泣きだしたい程強く、心臓が締め付けられる。なぜ、なんで、そんなに悲しい顔をするの。わたしはただ、あなたに笑ってほしいだけなのに。





イギリスと出会ったのは、ロンドンの外れにある古びたちっぽけなカフェだった。わたしはそこで住み込みで働いていた。親も兄弟もいない。わたしは一人ぼっちだった。
常連客である彼にいつものように紅茶とスコーンを出し、そこで少しだけ世間話をした。その時の彼の笑った顔を見ると心臓がどきどきして、わたしは彼が好きなのだと自覚した。会計を済ませ、出ていく時に「また来る」と軽く右手を上げる仕草、考え事をする時に口元に手を当てる姿、何を見てもわたしの心はまるで初恋の時のように躍った。違う、わたしの初恋そのものだった。彼が笑うだけで本当に幸せだった。


「……何を考えてるんだ?」

耳元で囁かれる声は少し掠れている。そのままキスをした。そっと、触れるだけの。彼の柔らかい髪の毛が肌に当たってくすぐったい。イギリスはわたしをきれいだと言う。でも本当にきれいなのは彼の方なのに。

「…イギリスと会った時のこと」
「また随分と昔のことを思い出してるんだな」
「そんなに昔じゃないわ、まだ3年前だもの」

そう答えれば、イギリスは「そうか」と呟いて悲しそうに笑った。彼は、イギリスなのだ。わたしの産まれた国、そして育った、イギリスそのもの。知っている、そう聞かされた時は酷く驚いたものだけど、今ではこのちぐはぐな関係にももうすっかり慣れてしまった。望んだのはわたし自身だ。
彼と過ごす時間はとてもゆっくりに感じる。一日一日がゆっくり過ぎて、わたしの頭は何も考えられなくなる。今は何日?壁にひっそりと掛けられたカレンダーを見てやっと一週間の終わりに気付くのだ。そして彼は歳をとらない。この3年間でわたしが変わったのと対照的に、彼は何も変わりはしない。わたしが見てきた彼は、あの時の彼と、ひとつも変わらない。イギリスにとって3年というのは、あまりにあっという間過ぎるのかもしれない。わたしが歳をとって、おばあちゃんになって、死んでゆく間、彼は何を考え、生きるのだろう。老いゆくわたしと変わらぬ自分とを交互に照らして、彼は何を思うのだろう。


「…怖いんだ」

唐突にそう彼が呟いた。すぐにわたしのことだと分かる。エメラルドの中でかすかな光がゆらゆらと頼りなさげに揺らめく。「こわいのね」何が?変わりゆくわたしが?それとも、変わらぬままのあなたが?わたしを膝の上に抱えたまま、イギリスはわたしの肩にそっと顔を埋めた。レースにしわが寄る。反対に、強く強く抱きしめられて背中が軋んだ。でもそれが心地よい。彼にはわたしが必要なのだ。わたしに彼が必要なように、誰にも彼の真似などできないように。ずっとこのまま、二人だけで、二人のためだけの世界が存在し続ければいいと願った。窓や扉なんていらない。光も空気も必要ない。わたしをあなたの望むまま、この姿のままで永遠にあなたの中に閉じ込めてほしい。だからどうか、泣かないで。わたしの愛するイギリス、臆病でやさしいわたしだけの国よ。

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