俺が起きるまで、二年

今日は朝っぱらから強烈な眠気に襲われていた。
夜更かしをしていたわけでも睡眠薬を飲んでみたわけでもないが、少し油断をしてしまうと眠ってしまいそうだった。

「アラ様、どうされたのですか?」

我に返る。
また眠りそうになってしまったらしく、幹部達が見守る中で眠い目をこすった。

「すまない、少し眠いだけなんだ」

眠ったらだめですよ、と厳しい口調で咎められる。
それはそうだ、今は会議の真っ最中。
手元の書類を持ち、続けてくれと会話を促す。
今日の会議の内容はなんだっただろうか、そうだ…屋敷が襲われたんだ。
なぜだろう、記憶にもやがかかったように思い出せない。
考えようとすると頭が締め付けられるようにいたんでしまう。

「アラ様?」

「……すまない、体調がすぐれないようなんだ」

少し休ませてくれと席を立つ。
なにか…違和感を感じた。
この机は、会議室はあの屋敷にあったもののはず。
屋敷は襲われたんじゃないのか?
幹部達を見る、皆立ち上がる俺を無表情で見上げていた。
見知った顔のはずなのにどれもが違って見え、不思議な違和感に肌が泡立つ。

不意になにかのぶつかるような音が聞こえた。
扉を叩く音だと気づくのに数秒。
扉の外から声が聞こえているのに気づくのにさらに数秒かかった。

「アラ様…」

「アラート、」

「ボスゥ」

これはどこかで聞いた、懐かしいような声。
あっ、と声を漏らす。
何かを思い出しそうで思い出せないもどかしさに眉をひそめた。

「アラ様、どうかされましたか?」

先ほどの感情のない表情ではない、心配に満ちた顔で幹部が俺を見る。
気がつけば全員が立ち上がり、不安と心配が混じったような顔をこちらに向けていた。

「…声、が……扉の外から」

カラカラと乾いたのどからようやく絞り出す。
幹部たちは顔を見合わせ、一人が俺に近づいてくる。
思わず一歩後ずさりをしてしまった。

「アラ様、本当に体調がすぐれないようで…。 こちらでゆっくりおやすみください」

二人、三人と近寄ってくる。
その座った目に恐怖を覚え、また一歩後ずさる。
後ろには扉。

「アラート…」

「アラ様?」

後ろにも、前にも逃げられない気がして震える。
幹部たちに聞こえぬこの声はなんなんだ、この幹部たちはなんだ。

俺は、何だ。

「…いままでありがとうございました」

幹部に体を押される。
後ろの扉が開かれ、俺は黒に吸い込まれるように消えた。
消える瞬間に寂しそうに微笑む幹部たちの顔がとても印象的だった。

目を開けると蛍光灯の光が眩しく目を細めた。
体を動かそうとすれば鋭い痛みが襲い、熱もあるようで体のだるさに動くのをやめる。
ここはどこだ。
声を出そうにもうめき声しか出せなかった。

「……アラート?」

震える低い声を探すように目を動かす、俺はこの声を知っている。

「アラ、様ぁ!」

泣き出しそうなこのソプラノボイスだって、まわりのざわめきだって知っている。
これは仲の良い料理人の声。
これは俺を慕ってくれていた少女の声。
そして部下たちの声に、いつもはそっけない態度をとる情報屋の声。
俺は、

「ぃ…き、テル…?」



***
これは後から聞いた話だ。
屋敷が襲われたあの日から俺が目覚めるまで二年の月日が経っていたらしい。
その間、俺は生死の境をずっとさまよっていたと。
そして
俺を逃がすために戦ってくれた幹部達は全員、屋敷と共になくなってしまったらしい。

生死を彷徨う間、見ていた夢を話した。
皆、幹部が俺を道連れにしようとしていたといったがきっとそれは違う。
幹部達は、あいつらは俺が眠らないようにずっと見守ってくれていたんだ。

『眠ったらだめですよ』

そう声をかけながら。





俺が起きるまで、二年。
長い間迷惑をかけて本当にダメなボスだな。

「ありがとう」

黒焦げの屋敷に、純白のガーベラを手向けた。

×××××
二年間眠っていたアラ様のお話。
白いガーベラの花言葉は『希望』

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