講義が終わって友人とおやつをつまみながら雑談に花を咲かせているところ、鞄の中でブブブとスマートフォンが振動する音が聞こえる。 取り出して見てみれば、久しぶりの彼からの連絡に胸が暖かくなった。緩む頬を抑えきれないまま、画面に指をすべらせて返信をしていると友人がにこにことしながら行っておいで、とだけ言う。何も言わないでもわかってくれるなんて と感動してから私はお礼を言って席を立った。
お手洗いに寄って鏡で自分の顔を見る。 化粧は崩れていないみたいだし、服装にとくに乱れもない。鞄から鍵を取り出して、それを握り締めて彼の家へ向かう。 高揚感を抑えきれないまま、すっかりあたたかくなってしまった鍵でドアを開ければ、前回来たときとまったく変わらない風景に思わず笑みがこぼれた。
ついたよ と彼にメッセージを送ってソファに沈み込む。 殺風景な部屋と、それから彼の匂いがふわふわと私の中を満たしていく。 このままで眠ってしまいそうだったので、台所に行って冷蔵庫を開け、牛乳を取り出してお揃いのマグカップに注いで電子レンジにかけた。


「なまえ、ただいま」
「おかえりなさい蒼也くん」

彼がドアを開けた音とチンッと気持ちの良い音が重なる。私はマグカップをテーブルに置いて、久しぶりの蒼也くんにおかえりを返した。
いつもと変わらぬ無表情のまま、蒼也くんはどさりと私の横に沈み込む。ゆっくりとかけられていく重心が、なんだかとてもあたたかくて泣きだしそうだ。

「なまえ」
「なあに?」
「ただいま」

二度目のただいまを言った途端に彼は私の膝に頭のせて瞼を閉じてしまった。 珍しいこともあるんだなあ と彼の髪の毛を撫でる。さらさらと指のあいだを通り抜けて、なんだか無性に心地が良い。 閉じた瞼にそっと唇を落として小さくおかえりと言えば ふっと彼の口元がゆるんだ。
袖を軽くひっぱられ、手を差し出せば指が絡まる。 先程まで外にいた彼の指は冷えていて、あたたかなマグカップを持っていた私の指と混ざり合う。 体温がちょうどはんぶんこになったくらいに彼はゆっくり口を開いた。

「しばらく構ってやれなくてすまない」
「…ううん だいじょうぶだよ 蒼也くんが忙しいのは、知ってるから」

できるだけ、彼の負担にならないようにしているつもりだった。それでも彼は優しいから、私をこうやって気にかけてくれる。 私としては彼が忙しいこともわかっているつもりだし、会えなくても連絡がとれなくても、ちゃんと好いてくれていることはわかっているので不安になることはないのだが、それでもさみしいとは思う。けれどそれを知られてはいけないと、必死に隠しているのに。 まったく蒼也くんはずるいひとだ。

「…俺はさみしかった」
「!」

再び瞼が閉じられて、蒼也くんはそれっきり、私の言葉をまってくれていた。 ほんとうに、彼は、ずるくて、やさしいひとだ。

「わたしも、さみしかった、よ」
「知っている」

ぐい、と絡まっていない方の手が引っ張られて、彼の顔で目の前がいっぱいになる。 思わず目を瞑ると、すこしかさついたものが唇に押しつけられた。

あえない時間が彼にとっても寂しい時間だったというのは初めて知ったので素直に嬉しかった。 甘えてくる彼は中々に珍しくて、それも嬉しかった。 そうして嬉しさと幸福感でいっぱいいっぱいになっても、蒼也くんはそれ以上をくれる。そういうひとだ。

「このまま寝てもいいか?」
「うん おやすみ、蒼也くん」

絡まった指から、触れた肌から、どうかわたしとかれのあたたかさも愛しさも疲れもぜんぶ、いっしょになってはんぶんこになれと願い、私も静かに瞼をおろした。


この温もりがおしいからってだけ


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