ひゅっ、と上手に呼吸ができずに漏れた音は私の頭にひとつの出来事を思い出させる。目の前の赤を見て思うのは、どうしようもなく彼だけだ。
三輪くんのお姉さんが亡くなったあの日のことはもう随分も前のことのように感じるし、つい最近度出来事だったようにも思える。周りの喧騒があまり頭に入ってこなくてぼんやりとした視界の中思い出す。
あの日は雨が降っていて、三輪くんはお姉さんとお買い物をしていてばけものが現れて、いろんな人がいなくなった。偶然近くで母と買い物をしていた私は倒れている人ごみの中に泣きながら叫んでいる三輪くんと、ボーダーの隊員であろう人を見つけて思わず駆け寄った。戯言のように姉さん、と何度も繰り返す彼に私はなんにも言えず唯々傍にいることしかできなかった。 母は既に避難場所に行っていたので私を咎める人は誰もいなく、ずうっと三輪くんの手を握り締めながら雨に打たれていた。 そうしてどれくらいたったのかわからなくなった頃、とりあえずもう遅いからと避難場所に連れて行かれた。三輪くんは偉い人に呼ばれてどこへ行ってしまって、そこでなにがあったかは未だにわからない。だけど確かに三輪くんはあの日変わってしまった。
次に会った時には彼はもう立ち直っていて、まるで何かに追われるようにボーダーに隊員になって近界民への復讐を試みている。私はそんな三輪くんにやっぱりなにも言えずに、ただただ彼の傍にいることしかできなかった。

私達の関係に名前はなかった。友達と呼ぶにはあまりにも何かが足りなくて、寂しい気がするけれど恋人と呼べるほど近くもない。それでも三輪くんは私が傍にいることを拒まなかったので私もそれをやめようとはしなかった。

「なまえ!」
「…三輪くん?」
「なにしてるんだ!早く逃げろ!」

記憶を辿ることに夢中になっていればどうやら三輪くんが助けに来てくれたらしい。ピントが合わなかったようにぼやけていた視界がはっきりと見えてくる。いろんな人が倒れていて、真っ赤だ。私よりも何倍も大きなばけものがすぐ目の前にいる。ぎょろりと動いた目のようなものに槍が突き刺さる。突然のことに頭がついていかず動けずにいれば、三輪くんが私を抱きかかえて地面を蹴る。あっという間に屋根の上だ。
槍を刺したのは隣のクラスの米屋くんだった。三輪くんと仲が良くて、ボーダーの隊員。よく宿題を忘れて三輪くんに見せてもらいにきたり、教科書を忘れて借りにきたりしている。何度か会話を交わしたことがあるけれど、三輪くんと一緒にいるのが不思議なくらいに明るく、はっきりした人だ。
そんな米屋くんはばけものを全て倒して私と三輪くんの方へくる。大丈夫か、と三輪くんに聞かれてようやく我に返り慌てて降ろしてもらった。お礼を言えばぴしゃりとそんなことはどうでも良いと言われてしまった。三輪くんの声は怒気を含んでいて、目つきはきつい。

「なにをしていた」
「お母さんと、夕飯の買い物だよ」
「っ、そうじゃない!なぜ逃げなかった!」
「なんで…… ?」

あれ、そういえばなんでなんだろう。ばけものがきて、みんながみんなねいばーだ!と叫んで、お母さんが私の手を引いて、そして、その先に、 その先 に、

「おかあさん………?」
「おまえ、まさか」
「うそだ うそ、三輪くん うそだよね?」
「…、陽介。なまえを本部へ連れて行くぞ」
「りょうかーい 奈良坂達は?」
「今日はこれで解散だ」

へーいと軽い返事をして、米屋くんは先行ってんね、とどこかへ行ってしまう。残された私と三輪くんは、この真っ赤な世界でふたりきりだ。

「急所は外れているようだし助かるだろう」
「…うん」
「お前は自分がどういう状況なのかわかっていないのか」

三輪くんが溜め息を吐く音が聞こえて、それからすぐに前が見えなくなる。あたたかな体温は感じられないけれど、三輪くんの腕が微かに震えていた。背中に回された腕の力がじんわり強くなっていって、私も思わず三輪くんを抱きしめ返す。 ありがとう、と言えば小さくうるさいと言われてしまった。

「お前も、いなくなるのかと思った」
「ごめんなさい」
「もうあんな馬鹿な真似はするな。万が一近界民に遭遇したらすぐに逃げろ …もう俺には、」

三輪くんがゆっくり離れていく。それをどうしようもなく寂しいと思う。言葉の続きを聞くことはできずに、三輪くんは私を抱きかかえてまた地面を蹴って、飛んだ。本部基地へ行っていろいろ報告をするらしい。トリオン体と呼ばれるらしいからだは、つめたい。痛みを感じないと前に言っていた気がする。見たことのない服を着て、見たことのない武器をもって、見たことのない表情で戦う三輪くんは、どう足掻いても私の知りえない部分だ。
それが寂しい。苦しい。三輪くんの傍にいたいと思えば思うほど、彼はどんどん遠くへ進んでいってしまう。
きっと普通ではない私たちの関係性の中で、依存しているのはたぶん、私のほうだ。

だけなの それしかないの


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