本部長室と書かれたプレートのあるドアの前に立って深呼吸をしてから数回ドアをノックすれば、いつもと変わらぬ大好きな人の声が聞こえた。
一言断ってから中に入ればコーヒーの匂いと、紙を揃える音。柔らかい笑顔。それだけで私は胸がいっぱいになる。

「頼まれていた書類できました」
「ああ、ありがとう いつもすまないな」
「いえ ここに置いておきますね」

業務的な会話を終えて書類を置いたあとにちらりと本部長を盗み見る。いつみても格好良くて、どきどきする。今年でめでたく二十歳を迎えた私は、ボーダーの防衛部隊指揮官であり本部長の忍田真史さんに、恋心を抱いている。
きっかけだとかそういった確かなものは思い出せないが、彼の傍で働いているうちに自然と惹かれていった。彼のために、働きたいと思うようになった。
そんな私の恋心は周囲の人から見るととてもわかりやすいらしくよく太刀川くんにからかわれたり唐沢さんが話を聞いてくれたりする。本部長は自分に向けられる好意には疎いと唐沢さんが言っていたので、私のこの気持ちはきっと伝わっていないのだろう。 …それで良い。 私の気持ちが伝わってしまえば、本部長が何も思わなくても私は気にしてしまう。きっと仕事なんて手につかなくなる。だからこの想いはそっと閉じ込めてしまおうと思っていた、のに。

先日私の直々の上司である沢村さんから、私本部長が好きなのよね という告白をされて私は困惑していた。沢村さんも私と同じく、本部長に気持ちを伝える気はないらしく仕事が第一で彼の役に立てればそれで良いと笑っていた。きゅう、と喉元が締めつけられて苦しくなったがそれを必死に隠して私は曖昧な相槌を打ったのだろう。ぐるぐる、本部長と沢村さんのことが頭に浮かぶ。誰から見たってお似合いで、私と本部長よりもずっとずっと信頼が厚いのだろう。 どうせ叶わないのならば、いっそ当たって砕けてしまいたい。飲み込んで消化不良を起こすよりは、砕け散ってその破片を太刀川くんにでも拾ってもらう方が楽になれるだろう。

「本部長 お話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「みょうじくんが私に話とは珍しいな」

薄く笑みを浮かべながらソファに座るよう促され端の方に腰掛ける。すぐに本部長が向かい側に座って、どうしたんだ? と首を傾げる。
ずるい 格好良い。本部長はいつだって、私の心臓を支配する。私は部屋に入る前と同じように深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。

「私、本部長のことを前からお慕いしておりました。現を抜かして仕事に取り組んでおりました」
「! 待ちなさい、みょうじくん」
「申し訳ありません。本部長にも沢村さんにもとても失礼なことをしたと思っております。 …だからこそちゃんと言っておきたかったんです。こうすればもう、」
「待ちなさい!」

滅多に私には向けられることのない大きな声に思わず肩をびくつかせる。怒らせてしまったのだろうか。 それもそうだ。仕事に真剣に取り組めていなかった私が悪い。上司に、それも本部長に軽々しく恋心を抱いた私が全て悪いのだ。 寂しいけれどこうすることで自己満足できているのだから、私には何も言える言葉などない。

「すまない。女性にこのようなことを言わせるとは 私は駄目な男だな」
「…? 本部長が駄目だなんて 今までの一度たりとも私は見たことがありません」
「君は本当に、」

本部長が何かを言いかけて、それから口を閉じる。駄目な男の意味もわからないし、言いかけた言葉の続きも予想がつかない。じわじわと目元に熱が集まってきて、ようやく失恋を理解した心が泣いているようだった。 馬鹿だなあ。

「いや 今はまだその時ではないな。 みょうじくん、明日の夜にもう一度ここへきてくれないか」
「えっ あ、わかりました」
「そのときに全て私から言わせてほしい。君はどうかまっていてくれ」

柔らかい笑みと言葉に含まれた真意を勝手に想像して、泣きそうになる。本部長、私、自惚れても良いのですか。

それ以上はわせない


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