前線で戦うよりも裏で手を引く方が向いていたし楽しかった。けれどあの時のボーダーはとにかく人が少なくてそんな我儘は言ってられなかった。オペレーターと呼べるほどオペレート能力に特化していた訳じゃなかったし、そうじゃなくても優秀なオペレーターがいた。本当は剣じゃなくて銃が良かったけれど、どうにも剣の方が向いていた。誰かを殺す感触が直接手に残るのが嫌で、触覚の完全遮断を開発してみたけれど、まともに歩けなくなってびっくりしてボツにした。嫌だ嫌だと言いつつも、あの日々は楽しかった。人数が少ない分、一人一人のことをよく知ることができた。元より観察能力に長けていたのでコミュニケーションは苦手じゃなかった。臆病な私を笑ってくれる仲間がいた。幸せだった。

 彼と恋人関係に結ばれたのは私が二十の時だった。二つ上の彼が私に一生一緒にいてやるよと偉そうに言ってきた。付き合ってもいないのにプロポーズのような言葉を選んだことにびっくりしたが、私も彼のことが好きだったので断る理由がどこにもなかった。戦争に身を包む中で愛だの恋だのは怒られるんじゃないかとひやひやしたが、城戸さんは私達を見ておおらかに笑って、大事なものがあった方が良いに決まっていると言ってくれた。誰かのためにの力は無限大かもしれないと、若いことを思っていたし、信じていた節もある。彼と一生一緒にいられるのなら、戦争だって悪くない。確かにそう思っていた時期があった。
 命の呆気なさは知っていたつもりだった。初めて人型ネイバーを殺したときに、こんなに簡単に死ぬものなのかと驚いたことがあったからだ。この時ボーダーは既にベイルアウト機能を開発中だったし、実装まであと僅かというところまで来ていた。他の世界より命を大事に扱う風潮があったし、それは今も変わらないだろう。日本という国は慎重だ。
 身を持って体験したのは二十歳が終わりかけの頃だった。向こうの世界の技術を盗むためにこっそり侵入していた時のこと。運悪く黒トリガー保持者に見つかった私達は奮闘するも惜敗し、四人部隊のうち三人は命を落とした。形見のひとつもなく、肉片ひとつ残らず、一瞬で目の前から愛しい人達が消えた。どうして私だけ生き残ってしまったのか、これが未だにわからない。一緒に連れて行ってくれたら、どんなに、どんなに、幸せだったか。

「一生一緒って言ったじゃない」
 荒野を見て吐いた台詞がそれだ。彼等は、彼は、私を庇って死んでいったというのに。私は私のことばかりを考えていて、結局彼のことなんて愛していなかったのではないのかと今になってようやく思い知る。彼にも、最近良く来る少年にも、抱いているのは恋慕でも愛情でもなく依存だ。自分の居場所をつくってくれるから傍にいたいだけ。ああ、なんて醜いの。

「また明日ね」
 少年に呪いのように投げかけるようになった言葉。彼はなんとも思っていないかもしれないが、私はこの一方的な口約束にどうしようもなく救われている。素直で律儀で純真な彼が、私に言葉を裏切らないと知っていて、圧にも思える汚れた耽溺的な言葉にきっちり同じ返事を返してくれることに喜んでいた。

「…なあ」
「なあに?」
「今日、来る途中で二宮に会った」
「え」
「あの野郎はなんであんたを嗅ぎ回ってんだ」
 嗅ぎ回っているという表現が妙にしっくりきてしまって笑えた。鳩ちゃんと仲が良かったこと。私と鳩ちゃんがよく似ていること。ふたりでよく一緒にいたこと。それら全てを知っていて私が大事な何かを知っていると思いこんでいることを伝えれば彼は納得したように嘲笑っていた。反りが合わないタイプだろうとは思っていたが、想像より仲が悪そうだ。
「ユズルが懐いてんのも鳩原に似てるからだと思ってんのか?」
「んー…うん、まあ、そうだね。鳩ちゃんの変わりにはなれないけど、ユズルには休憩所が必要だったと思うし」
「…チッ」
「ええ。舌打ち?」
「なんっにもわかっちゃいねーんだよ。…おい、鋼の話も聞かせろ」
 エレベーターが開いてからずっと不機嫌の彼はやけに饒舌だ。重たい回想を繰り広げていた私には些か気の乗らない態度だったが、彼が素直なのはもうずっと知っていたことなので目を瞑った。ユズルの話だったり、鋼の話だったり、珍しいことを聞くものだ。前に一度鳩ちゃんのことを聞かれたことがあったが、本当にその一回くらいで後は他人に関しての質問をされることなどほとんどなかった。彼が時折同級生の話をする程度で、私達の会話には私達ばかりが存在していたように思う。
 私も、彼も、お互いのことをわかっているつもりだ。だからこそ私は彼がこの話題を選ぶ意図がわからない。
「鋼は結構最近かな、ここに来たのは。ユズルの方がよっぽど先よ。なんなら犬飼くんの方が早いかな」
「犬飼も来てんのか」
「たまーに、二宮と一緒にね。ちょっかいかけにきてるだけだと思う」
「けっ、どうだか。あいつはどうにも気にくわねえ。それで?」
「来馬くんからの紹介だったみたい。来馬くん、鋼のために色々してくれる人でしょう。太刀川経由で私の話を聞いたらしくて、手土産を持って来たの。丁寧な子だと思ったわ」
 彼も、一番最初の一回を覗いて必ず手土産を持ってきてくれる。どこで買っているかわからない花一輪。花瓶に少しずつ増えていく花が好きだ。できるだけ長持ちするように工夫して、花瓶の中で花束が形成されていく。持ってきてくれる花の種類は様々で、選び方の傾向はよくわからない。きっと直感か何かなのだろう。私が彼に花束を用意したのは一度だけだが、彼は一日たりともこの手土産を忘れたことはない。メシ代にしては安い、と彼は言ったが、ご飯をここで食べていかない日だってもちろんある。割合にして七対三くらいだろうか。…七割も食べていればお花をもらう理由にもなる気がするな。
 この話をし終えた時、彼の機嫌が直っていますように。



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