黒くて重苦しい扉を見る度にどうしてこんなデザインにしたんだろうと思うことをやめられない。昔は良かったと懐古する気はないつもりなのに、気づけばいつも思っている。三門の中心に聳え立つこの建物は些か閉鎖的過ぎ、それでいてとても大きい。機関の功績が市に認められているからとは言え、国と裏できっちり取引しているからとは言え、どんな理由を重ねてつけても子供を犠牲にして良い要因にはならないことから目を逸らしている馬鹿な大人の巣窟だ。いつの間にか壁一面をぐるりと取り囲むように配置した本棚の一つからお気に入りの小説を引き抜いて好きなシーンのページを開く。読みすぎて紙が癖を覚えてしまっているそれを、繰り返し脳内に落とし込むのが好きだ。物語とデータは嘘をつかないから。

 コンコン、とノックの音。この部屋にノックをしてくる人物なんて限られているので間髪入れずにどうぞと告げた。大袈裟な音を立てて開いた扉の向こうにいたのは予想とは違った人物で一瞬体の動きが止まる。小説をそっと閉じて体を彼に向けた。

「元気そうだな」
「うん。嫌味?」
「そう思うならそれで結構だ」

 スーツに革靴。相変わらず暑苦しい格好をした青年の目つきは悪い。何の断りも入れず平然と足を組んでソファに座りだしたので、形だけでもお湯を沸かすことにしてやった。

「コーヒー、ココア、お茶。どれ」
「要らん。寛ぎに来た訳じゃない」
「あっそ。じゃあ何しにきたの」
「用もないのにわざわざこんなところまで来ると思っているのか?」

 本当に可愛げのない男だな。パチりと音を立てた電気ケトルからインスタントコーヒーを入れたマグカップにお湯を注ぐ。口を付ける前に机に置いて、彼と視線をしっかり合わせた。真っ直ぐ過ぎるこの瞳は、彼が若くて愚直であることを示していて、そればっかりは可愛らしい。

「…絵馬はお前に懐いていたな」
「ユズル? ああ、そうね」

 てっきり鳩原未来の話をされるのだと思っていたから拍子抜けしてしまった。この男、二宮匡貴が私の元へ来る理由などひとつしかないと思っていたからだ。鳩ちゃんもユズルを可愛がっていたからだろうか。会話の入りとしては下手くそ過ぎる。

「アイツのことだが」
「だから何も知らないってば」
「いい加減にしろ。何も知らない訳ないだろう」
「知らないよ。鳩ちゃんの手がかりはここにはないってば」

 何度したかわからない押し問答の繰り返し。納得がいかないのは自分だけだと思いこんでいる浅はかさを愛しいとすら思う。この男は信じて止まないのだ。鳩原未来が自分の手から漏れ出していったのは何か理由があるに違いないと、信じ込んでいる。実際何か理由があるのだろうけれど、ここまで固執しているとは思わなかった。彼に言わせれば自隊の部下の不祥事が起きる前に気づけなかった隊長にも責任がある、といったところだろうか。

「話を変える。影浦雅人を知っているか」

 私が何も言わないのに痺れを切らし、そのまま帰ると思いきや突然行われた話題転換に背筋に電流が走る。知っているかどうかなんて聞かなくてもわかるくせにわざわざ口に出して問うところが聡明であり、意地悪でもある。本人にその自覚は恐らくない。

「うん。知ってるよ」
「アレはお前になんとかできるような質ではない。手を引け」
「手を引くも何も、まだ何もしてないよ。本人の希望が無い限りこっちからアクションを仕掛けるつもりはないし、彼は私の存在すら知らないんじゃないかな」

 隠居生活だし、と続いた言葉を鼻で笑われた。基地の中でも入りにくい場所にあるこの部屋から出ない私の存在を知っている人はそう多くないはずだ。知られたい訳でも知られたくない訳でもないが、できれば知られていないほうが嬉しい。関係者以外立ち入り禁止の奥に引き篭もっている非戦闘員の存在がすんなり受け入れ認められるとは思っていないし、だからといって今以上に働く気もない。

 鋼から偶に聞く話によれば、少年が此処を訪れることは一生ないだろう。ユズルに連れられたって来ることがなさそうな性格をしている。基本データは揃っているが深く干渉する気がないのは事実だった。大体、与えられた仕事に納得がいっていない。けれどボーダーを辞めることは許されない。生き地獄と言えば聞こえが悪いが実際そうだ。ボーダー様は一体私に何を期待しているのか。神様でもあるましい、迷える青少年達を救ってあげられる訳じゃない。

「警戒しろよ、これは忠告だ」
「……ご丁寧にどうも」

 不明瞭で不足の多すぎる忠告をした後、満足したのか部屋を出ていく背中に手を振って見送った。結局何が言いたかったのかわからないが、こうして考えさせられている時点で思惑にはまっているのだろう。回りくどいことをされたが、目的がわかりそうにない。

「……ユズルの隊長、ね」

 ぶっきらぼうだが優しいやつです、って鋼は言っていたっけな。

 


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