深く考えることは苦手だ。性に合わないとでも言うべきか、考えるより感じたものの方が正しいことの方が多い。人とは違った取捨選択に迫られることをなんの疑問も持たず当たり前に熟すことができれば今より少しは生きることが楽になったのか。答えは知るわけもなく、今となっては知りたいとも思わない。子供だから。もう大人なんだから。聞き飽きたフレーズに嫌気が刺して閉ざすように暑苦しい格好をしだしたのはいつの日だったか。手を差し伸べてほしい訳じゃない。けれど縋る場所がどこにもないのは辛い。そういう雁字搦めの中にいた俺を、確かに引っ張り上げた女がいた。



こたつに肩まで入り込んで淑やかさの欠片も無い眠り方をしているヒカリを踏まないようにしながらダンボールに入っている蜜柑を一つ掴んで長椅子に座った。鋼が本部に来るまでまだ時間があるな、と思いながら面白くもないテレビを流し続ける。俺が一つ蜜柑を食い終わる頃、ゾエは四つ胃袋に収めていた。

「カゲさんに会ってほしい人がいるんだけど」
「あ…?」

 元々口数が多い訳じゃないが、それにしても今日はやけに静かだと思っていたユズルが突然口を開く。ウェットティッシュで指を拭きながらゾエが首を傾げていた。ちらりとヒカリが寝ている部屋の方を見てから、ユズルの言葉が続く。ヒカリには聞かれたくないのだろうか。

「鋼さんから聞いたことあるかもしれないんだけど、地下の図書館に行ったことある?」
「地下って、ここの地下か?」
「うん。ボーダー本部基地の下」

 鋼からというと鈴鳴関連かと思ったが本部地下ならその線は薄い。大体このクソ広い建物のどこに何が在るかの全てなんて把握しちゃいない。会ってほしいということは会ったことがない人物のはずだ。鋼が図書館の話をしていた記憶はないし、本を熱心に読んでいる姿も見ていない。

「ねえな。知らねー」
「だと思った。このあと時間ある?」
「あー…鋼がこっち来るからランク戦に顔出す予定」
「そっか。じゃあ気が向いたら行ってみて。鋼さんと一緒でもいいし。場所わかる?」

 その後ご丁寧にメッセージで場所を送信してきたかと思えば合同訓練だからと席を立ったユズルを見送った。終始無言で聞いていたゾエのやけに不安げな感情が刺さって気持ち悪い。言いたいことがあるなら言えとクッションを投げつければ、うんうん唸ってから迷ったまま言葉が吐き出されていく。

「多分だけど鳩原ちゃん経由だと思うから、その…」
「ユズルが俺に会わせたがる意味がわかんねえな」
「カゲのためを思ってじゃないかな」

 ゾエの言葉の意味も感情の意味も理解できなかった。ここでうだうだ喋っていても答えが見つかるわけじゃないと見切りをつけて鋼との待ち合わせに向かうべく作戦室を出る。ヒカリは未だこたつの中でアホ面を晒して眠っていた。ユズルがヒカリに隠したがっていた理由もゾエの気まずそうな感情の理由もわからないのが気に食わない。一体会わせたい奴ってのはどこのどいつなんだ。



「カゲ、こっちで会うのは久しぶりだな」
「おめーが全然こっち来ねぇからな」

 鋼と軽く小突きあってから個人ランク戦ブース内をぐるりと見渡す。戦いたい奴がいる訳じゃないし、鋼と遊んでやるかと思いながら刺さる感情達をできるだけ無視して奥へと足を進めていった。視線を引く場所が嫌いだ。ボーダー内にいれば嫌でも視線と感情が集まってくる。鋼がいることで少しは緩和されているとはいえ、うざってえ。

「そうだ。カゲに会ってほしい人がいるんだ」
「あー……図書館のやつか」
「お。絵馬から聞いたのか?」
「おー」

 思いだしたように話し始めた鋼の言葉をだらだらと聞き流しながらパネルを操作して戦闘ステージをぼんやり選ぶ。サシならどこでも良いかとランダムパネルを選択し、鋼が選ぶのを待った。鋼がパネルを選択する様子はなく、会わせたい人物の話が続く。

「俺もお世話になっている人なんだ。カゲの力にもきっとなってくれると思う」
「あ? 別に何も困っちゃいねえよ」
「サイドエフェクトだよ」

 ぴたりと動きが止まった。鋼がステージ選択を済ませたのか、転送開始まであと十秒だと機械音声が告げる。会ってほしい、会わせたい、お世話になっている、力になってくれる。鳩原未来経由の、サイドエフェクトになんらかの影響を及ぼす人間。

「鋼、終わったらその話もっと聞かせろよ」
「うん。そのつもりだよ」

 救われたいなんざ思っちゃいねえ。少なくとも鋼とユズルを誑かす程の実力を持った奴に興味を持っただけだ。


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