「ろしょおせんせぇ」

間延びした、やけに甘ったるい声色が俺を呼ぶ。いつもと違う敬称がつけられたそれは、彼女に言われると些かこそばゆいような、むずがゆいような、とにかく変な気分になる。「なん」と短く返事をして視線を向ければ、ノートとシャープペンシルを持った彼女が目に入った。

「すーがく、おしえて」
「…そらまたなんで」
「今朝見た夢で、さんてん、とった…」

はぁ? と思わず声が漏れる。さんてんて、3点言うことか?夢の中で?3点?

「3点て…ほんで今から勉強しよ言うんか?」
「うん。たまにはいいでしょ?だめ?」

だめやないけど、と言えばぱっと表情が華やぐ。早く早くと言わんばかりに俺の袖を引いて机の前に並んで座った。実際に今生徒が使っている教科書を持ってきてやればキラキラとした視線が注がれる。

「わ!すご!私が使ってたのと違う!」
「そやろな。んで、どの範囲やるん」
「あんまりむずかしくないとこ?」
「俺おる意味ないやん」

くく、と喉が笑う。物珍しそうに教科書を開きページを読み込んでいく姿を斜め後ろから見つめる穏やかな時間。猫背なっとんで、と時折背中を叩いてやる。そもそも教科書と言うのはよくできたもののため、読めば内容がわかるように作られている。…が、隣で小難しそうな表情を浮かべた彼女は、恐らく俺が教えている生徒か、それ以下の知識しか持ち合わせていないだろう。

「引き算できへんもんな」
「指つかえばできるし!」
「ほんまに?」
「…ひっさんしたらできるもん」

膨らんだ頬を続いてやれば拗ねた表情が返ってくる。どうせ、突拍子もない思いつきの発言の元だ。暇つぶしのようなものとはいえ、知識を蓄えることを選んだのは職業柄嬉しい。

「ん、じゃあこのページの例題から一緒にやろか。どうせ全部忘れてもうてるから夢ん中でも3点なんてとるんやろ」
「へへ」
「褒めとらんしおもろくもないねん」

彼女の筆箱から拝借した赤ボールペンのノック部分で手の甲をつつけば、まるで笑みを抑えきれないと言わんばかりに彼女が笑う。きっと、彼女の職種や日常生活ではあまり使わないことだろうけれど、それでも教科書にかじりつく彼女を見て、こういう部分が好きなのかもしれないな、と ふと思った。

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