「あー」

朝から項垂れた声を出した恋人の背を見つめ、ネクタイを結んでから歩み寄る。朝飯を作る手元はなんの狂いもなく、ホットサンドメーカーに玄米パンが挟まれている。

「どしたん」

隣に並び、サラダの野菜を切りながら会話を切り出せば、あー、だとかんー、だとか歯切れの悪い返答。表情を見ても落ち込んでいる様子は特にない。

「行きたくない」

ぽとりと落とされた言葉に思わず手が止まる。目を見開いた俺の表情を見て、彼女はふんわりと笑って「ごめんね」と言う。

「パン焼けた!たべよー」
「っ、おい」
「ろしょくんサラダできた? はいお皿」
「…ありがとう」

どういたしまして、とトーンの高い声が返ってきて言及するのをしばし迷う。仕事が好きだと常日頃から口に出す彼女の弱音。しかもこんな朝早くから。何かあったのだろうか、心配で仕方がない。

「いただきます!」「いただきます」

普段であれば あのね、今日はね、と始まる会話が今日はない。不機嫌な様子でも、御機嫌な様子でもなく黙々とパンを詰め込んでいく姿を気付かれないように盗み見る。どうしたものか。

「今日は帰り早いんか?」
「ん、んー、残業なかったら早めかな? 会議近いから準備してくるかも、こどもの日ももうすぐだし」
「そか。飯作って待っとるね」
「今日ろしょくんの番じゃないよ」
「ええねん。俺、今日は午前中会議出てからはあと在宅やし」
「…ありがと」
「おう」

それからまた無言が続く。彼女が食べ終わるのを待ってからご馳走様を重ね、各々仕事に行く準備を始める。

ソファで新聞を読んでいる傍ら、支度を終えた彼女がぴたりとひっついてきた。

「ろしょくん、」
「ん、どした」
「ぎゅってして」
「ええよ」

断る理由などどこにも無かった。新聞を机に置き、向き合ってから彼女をぎゅう、と抱きしめる。遠慮がちに背に回る俺より小さな腕と込められる力。何も言ってこないということは、恐らく何もないのか、言いたくないのかのどちらかだ。今は目の前の愛しい人の願いを叶えることに集中しよう。

「ありがとう…」
「礼言われるようなことあらへん。いつでも言い」
「うん、ありがとう」
「ふっ、わからんやっちゃな」
「行ってくるね」
「気をつけてな。弁当持ったか?」
「持った!」

玄関先まで彼女を見送り、何度も振り返り手を振る彼女に手を振り返す。しゃあない、暖かくなってきたけれど今日はあいつの好きなクリームシチューにしてやるかなぁ。

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