引き出しをあけて薄力粉の量を確認し、そろそろ買い足さないとなあと思いながら材料をキッチンに並べた。折角の日曜日だがろしょくんは明日の授業の準備で朝からずっと忙しくしている。きっと、寂しいと口に出せば中断してお話してくれるのはわかっているが、それをしたくない、彼の邪魔をしたくないという気持ちが強くあってできないでいた。だからと言って特に何かやることがある訳でもなく、読んでいた本は内容が頭に入ってこなく早々に読むのをやめてしまった。ろしょくんの隣で仕事を眺めていても良いのだが、なんだか難しい顔をしていたのでそれも我慢することにした。そうして思い立ったのがこれだ。

「ろしょくん、台所つかうね」
「おう」

こちらを一切見ずに放たれた返事にちくりと胸の辺りが痛んだ。気にしていても仕方ない、と薄力粉をふるいにかけていく。ハンドミキサー、使ったらうるさいかな。

「ろしょくん、これ」
「んぁ?」
「ハンドミキサー使うから、イヤホンしてて」

彼が愛用しているイヤホンと音楽プレーヤーを手渡してキッチンへ戻る。振り返り際、眉根を寄せた彼の視線に気づかないふりをした。材料をボウルに入れてハンドミキサーのスイッチを入れる。ガガガ、と音が鳴るたびに申し訳ない気持ちになった。

「なにつくってるん」
「わ、」
「手伝おか」
「ううん。私がしたいだけだから」

邪魔してごめんね、と言おうとしたところを遮るように持っていたハンドミキサーを奪われてしまう。白っぽくなっていく生地とろしょくんを交互に見れば、レンズ越しの目がじとりとこちらを見つめていた。

「言ぃや、ちゃんと」

なんのことだろう。なんて惚けられる程彼のことを知らない自分ではなかった。予熱するためにオーブンのボタンをぽちぽち押して、軽快な音が鳴ったところでろしょくんの腕の中の音も止まる。もったりとした生地を満足気に差し出されて、ボウルを受け取った。

「せっかく、おやすみかぶった、から」
「おん」
「…ちょっとくらい、」
「なんや」
「ぴたーって、しても、いい?」

ふは、と彼の息を吐き出す音。それから数秒して15cmの型が置かれる。その中に生地を流し込んでいれば、くしゃりと撫でられる頭。ろしょくんは、いつもずるい。

「これ焼きあがる頃には終わらしたるわ」
「!」
「やからおいしぃ〜くつくってな」

もう焼くだけだよ、と言えば鼻をつままれた。私の歪んだ顔を見てろしょくんが笑うものだから、なんだかおかしくなってしまって私も笑う。

「いっしょに食おな。晩飯も一緒につくろか」
「うん!」
「ん、もうひと頑張りしてくるわ。寂しくさせて堪忍な」

普段はヘアアイロンで巻いてある伸びた前髪がかき分けられて、ちゅ、と可愛くくっついた薄い唇。温度を感じさせる前に離れたそれが嬉しくて、背伸びをして頬に同じことをし返した。おでこは届かないんだもん。

「っし」

もう一回頭をくしゃくしゃと撫でてからカウンターの向こう側へ戻って行くろしょくんの背中を見送る。予熱が終わったオーブンの中に、おいしくなあれの魔法と一緒に生地を置いてきた。おいしく焼けますように!

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