家に着いてしまった。と、鍵を開けてから思う。自分の肩からはいつも通りの仕事用の鞄がかけられている。仕事が終わって、お休みのろしょくんに連絡をして、寄り道をせずに帰ってきただけだ。いつもと違うのは左手には小さな茶色の紙袋があること。それは、自分で買ったものではないということ。

「なんや、おかえり。ドア開いた音しとったのにただいまって言わへんから不審者かと思たわ」
「…ただいま」
「…? おん」

私の表情を読んだのか、いつもなら続く会話が続かないことに疑問を抱いたのか、なんなのかはわからないがろしょくんが不思議そうな顔をした。とりあえず手を洗ってうがいをして着替えてしまおう。それから、ちゃんと言わなくちゃ、

「……なんや、ちょぉこっち来ぃ」
「うん」

うがいを済ませてすぐに呼ばれ、抵抗することなくそれに従った。ぽんぽん、とソファの上のろしょくんは隣を叩いてくれたが私はそれに首を横に振って真正面の床に座る。ぽかんとして、目を見開いたろしょくんが映る。

「ろしょくん、ごめんなさい」
「…何したん」
「今日、その…、お客様に、いつもありがとうって、ホワイトデーって、ケーキもらって、それで……断り、きれなくて…」

言葉の終わりに近づくにつれてどんどん小さくなるボリューム。途切れ途切れの言葉をろしょくんがどんな顔をして聞いているのかを知りたくなくて目を瞑る。ろしょくんは、バレンタインのチョコレートを私の為に全部断ってくれたのに。それなのに私は、彼と同じことをできなかったのだ。彼が自分のために、選んで与えてくれた幸福と安心の尊さを、わかっているはずなのに。

「バレンタイン、やった訳やないんやろ?」
「ろしょくんにしか渡してないよ。お客様だし。…でも悪い人じゃないの!ほんとにいつも来てくれてて、」
「ええよ」
「えっ?」

私の言い訳とも弁明とも言えない言葉の途中でろしょくんから柔らかな声が降りてくる。驚いて彼と視線をばちりと交わせば、いつものろしょくんがいた。

「そらまぁ、なんやその〜…全く嫌やない、ってわけやないけど」
「ご、ごめんなさい」
「いや、ええねん。いつも頑張っとる証拠やろ? 店員さんにそこまでするって、相当気に入ってもらっとるってことやんか。仕事に一生懸命なの知っとるし、日々の努力の賜物みたいなもんやんか」
「でも、ろしょくんはバレンタイン…」
「原則、客からのプレゼントは受け取れんことになっとるやん。お前が断りきれんかったってことは相当強い押しやったのも想像つく。……それより俺はそないビクビクされる方が嫌やわ」

そろそろとろしょくんの指が近づいてきて、びしっ、と小さな音と同時に額を襲う痛み。デコピンだ、と気づく。

「これで、終わり。な? 今日もおつかれさん。よう頑張ったね」
「ううう、ろしょくん…!」
「おう、なんや」
「すき、ごめんなさい、すき…うっ、すき…」
「わかったわかった、泣かんくてもええから」

びいびいと子供のように泣き出した私に呆れた顔をしながらもソファから降りて抱きしめてくれるろしょくんの優しさが染みる。

「でも次は断ってくれると嬉しいなあ。心配なるし、あんまり困るようならちゃんと言うんやで」
「うん…」
「ほら鼻かみ」

差し出されたティッシュを受け取って鼻をかみ、それから「ありがとう」と笑う。私のくちゃくちゃになった顔を見て吹き出したろしょくんを見て、ああ、この人のことを好きになれて良かったなと、また思うのだ。

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