作り終えたお弁当の中身を詰めていた時のこと。ろしょくんがばたばたと騒がしく足音を繰り返しているのに気づいて寝室まで向かう。
「ろしょくん、なにないの?」
「ああすまん、ネクタイが見当たらないねん。去年の夏に買うてきてくれたやつ」
「ぴっとしたやつ?かわいいほう?」
「ぴっとしとる方やな」
学校の先生がいつもスーツにネクタイをきっちりしているか、と問われればそうではなく。あまり出番のないネクタイの行方がわからないろしょくんに変わって箪笥を開けて差し出せば返ってくる「ありがとう」になんだかちょっぴり嬉しくなってしまった。
「なに笑っとんのや」
「ん〜、ふふ。ありがとう、ってうれしいな、ておもって!」
「ん。そか。…ふは、ほんまに嬉しそうやな」
「ろしょくんはさ、ほんとにありがと〜って思ってありがとって言うから、ふふ、そういうとこがすき」
「そら思ってないこと言うてもしゃあないやんけ」
当然、とでも言わんばかりの表情にまた笑ってしまう。ろしょくんは自分がとっても素敵な人間だということにいつ気づくんだろう、なんて思いながらネクタイを締めてあげた。ろしょくんにするために一生懸命練習したことがあるこの行為は今やお手の物であり、それが少し誇らしい。「ありがとうな」と撫で付けられる頭。下がる目尻。やわらかな声。これを一人占めにできるのならば、ろしょくんはずっと気づかなくても良い、とすら思ってしまう。私だけが知っていれば良いのにという気持ちと、もっとみんなに知ってほしいという気持ちが、半分くらい。
「時間、大丈夫なん」
「あ!」
「朝飯作っとくから支度してき」
今度は私がありがとうを言う番だった。エプロンを外して急いで身支度を整える。ろしょくんが立つキッチンからは幸福のにおいがした。
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