バレンタインは女の子にとって戦争だ。それは、大人になって、恋人ができた今でも変わることはなかった。職業柄であるため、学生の時のように甘酸っぱい気持ちで戦いに臨んだわけではなくなってしまっけれど。
たくさんのチョコレートを売って売って売って、ようやく仕事が終わって彼からの通知を見れば『すまん、飲みに誘われてもうた』とのことで。ろしょくんにとっては華の金曜日なのかもしれないけれど、私にとっては終戦日だし、明日も明後日も元気にお仕事だし、と拗ねた気持ちで既読だけをつけて返事はしないことにした。ろしょくんが一緒じゃない帰り道は長くて仕方がない。あーあ、どうせたくさんチョコもらって帰ってくるんだろうなあ、モテモテだもんなあ。去年は大きな紙袋をいくつも抱えて帰ってきたし、律儀に全て食べていた。ろしょくんは優しいから、きっと今年もそうするんだろう。不器用な私の手作りチョコレートプリンなんて、高級チョコレートや生徒の感謝が籠った手作りに太刀打ちできないのかもしれないな。それでも彼の好みを彼の次に把握しているのは自分のはずだと信じて疑えなく、練習を重ねて用意した。よろこんでくれるかなあ。その一心だった。

「ただいまあ」

返事はない。明かりのついていない部屋に悲しくなって、上着も脱がずにベッドに飛び込んだ。酔って帰ってくるのだろうか。嬉しそうな顔で、知らない誰かに貰ったチョコレートを抱えて、ただいま、って言うのかな。ろしょくんへのチョコレートは私のたったひとつで十分なのに。と、狭く暗い思考が脳内を占拠して涙があふれてしまう。ろしょくんはきっと、器のちいさいひとは好きじゃない。やきもちだってできるだけ気づかれないように隠してきた。それでも、今日ばかりは、私だけで良いのにと思う事を許してくれはしないだろうか。

「ただいまー…て、おらんのか? いや靴あるな…」

わ、どうしよう。自分の息を飲む音が聞こえる。ぐずぐずの顔を見られたくないし、醜い考えを見透かされたくない。枕に顔を押し付けて、そのまま寝たふりを決め込むことにした。お腹も空いたし化粧も落としていないけれど、背に腹は変えられない。

「…おった。ただいま。…寝とんのか?」
「……」
「ま、せやろなぁ。バレンタイン、忙しかったやろうしな。えらいえらい、ようがんばったな。おつかれさん」
くしゃくしゃと頭を撫でられる。やわらかな声はさらに続く。
「…今年は全部、断ったんやで。去年えらい悲しそうな顔させてもうたから」
えっ、そうなの。と今すぐ起き上がりたくなるのを必死に抑える。去年の今日、嫉妬を隠しきれていなかったことへの恥ずかしさと、ろしょくんが私のためにたくさんのチョコレートを断ってくれたことへの嬉しさでいっぱいいっぱいになってしまう。
「……なぁ、起きとるんやろ。チョコレート、くれへんの?」

そうっと体を起こされて、意地悪な微笑みを浮かべたろしょくんと視線がかち合う。私のぐずぐずで、でも真っ赤な顔を見て、くく、と喉を鳴らして笑い、それから額に触れるだけのキス。

「……ろしょくん、おかえり」
「おん。ただいま」
「ぷりん、つくったの、たべ、る?」
「ほんまに? 嬉しいわぁ。誰からもらうより、お前からもらうのがいっちゃん嬉しいねん。しかも俺の好きなプリン作うてくれたなんて、ほんま嬉しすぎて適わんわ」
ぼぼぼ、と火を吹いたように頬が熱くなる。数秒後には熱が全身にまわり、息をすることもままならない。

ああ、ろしょくんは、ずるい。私の欲しい言葉を、全部わかって言っている。

「…いつも、ありがとう。これからも一緒に、いて、ください、」
「……ん。ありがとう。こちらこそこれからもよろしゅうね。…愛しとるよ」

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