「どういうことだ、どうなってんだ…!」
「林藤支部長!みょうじが、」

ゴト、と重量感のある音を立てて机に置かれた無機質なそれの意味するところは既に知っていた。なんで、どうして、そればかり。ざわめく会議室と、鳴り止まない携帯電話の着信音。

「三門市内から離れたところでゲートが発生し、それに駆けつけたのがみょうじ隊員だ。…相当なトリオン兵の数だった。人型も一人いたようで、全て排除された」
「っ、ッ…!迅、迅は、」

「林藤支部長。いくらみょうじが玉狛の隊員だからと言って、この件は内密にするべきだ」
「今はそんなことどうでもいいでしょう…!」
「…今だからこそ、だ。みょうじはそういうやつだろう」



「葬式はやらないよ。なまえが望まないから」

なまえが死んだ。黒トリガーを残して、俺が見た未来と寸分違わずに。誰とも話をする気になれず、俺となまえだけの隊室に来たのに、大人達は良識がないから、ずかずかと入り込んでくる。やめてよ、ここが俺達の住処なんだよ。さわんないでよ、みないでよ、ふたりきりにしてくれよ。

「知っていたのか、迅」
「しらないよ、知ってたら止めたよ。ボスはおれがそんなに薄情なやつにみえるの?」
「…迅。なまえくんから伝言を預かっている」
「は、なんで、鬼怒田さん、ちゃんと説明してくれ…!」
「ボス。もういいよ。ありがとう。おれは大丈夫だから。…鬼怒田さん、伝言ってなに?」
「遺書は引き出しの中に入っている。それを読んだら、なまえに関する記憶を全て封印してほしい」
「あは、言うと思った。でもそれ断るよ。おれは覚えてても生きていけるから」
「それから、この部屋を残しておいてほしい、と言っていた。読み終わった遺書と、トリガーと、お前が持っているアルバムを一緒に置いておけと」

鬼怒田さんの声が掠れていて、ボスは苦虫を噛み潰したような顔をしている。わかった、と短く返事をして部屋から出て行ってもらうことにした。自殺するんじゃないか、と大人達の心配の視線に、軽蔑の視線を返しておいた。ようやく静かになった室内で、まずは遺書からかな、と引き出しを開ける。そこには何枚も便箋が入っていて、なーんだおれだけじゃないんだ、なんて思ったりもして。全部取り出して、あとでそれぞれに渡さなくちゃ、と机に並べて。それから自分の名前が書いてある封筒を開ける。涙の染みで文字が滲んでいて、所々読みにくい。


悠一へ。遺書って遠征前に適当に書くものだと思っていたから、こういう風に真剣に書く日が来るのはちょっと笑えます。あの日、止めないでくれてありがとう。未来がみえる悠一につらい思いをさせてしまったこと、心から申し訳なく思っています。改まって手紙に書くことってそんなにないなあ。いつまでも子供扱いしてごめんね。ブラックコーヒーがもう飲めるのは知ってたよ。それと、20歳の誕生日をその日に祝えなくてごめんなさい。悠一は日ごろの行いが良いから、きっとたくさんの人に祝福してもらえるよ。だから安心してこの先も生きていってね。それから、鬼怒田さんのいう事はちゃんと聞くように!私がちゃんと、悠一のこと覚えてるからさ、だから悠一は一回忘れてね。それでもどうしても思い出しちゃったら、その時はまたこの部屋に来てよ。実はアルバムに入ってる写真の裏にメッセージが書いてるの。でもそれは今見ちゃだめだよ? 思い出せたら見てもいいよ。この部屋にはさ、私と悠一の幸福が詰まっているから、だからここは残してもらうようにお願いしておいたから、大丈夫だよ。この部屋に染みついた匂いごと忘れて、きちんとしあわせになってほしい。うん、まあ、そんな感じ。恥ずかしいけどさ、大好きだったよ。いつもありがとう。じゃあ、またね。



「なんだよ…ばかだな、なまえは、ほんとうに……ばかじゃないの、なまえ、」

返事はない。彼女の文字に自分の涙が重なって、さらに滲んでしまう。手紙を机に置いてお湯を沸かし、マグカップにコーヒーとココアをつくる。手紙を机の端に寄せてマグカップを定位置に置き、壁にもたれ掛かって、それから膝を抱えて泣いた。馬鹿だなあ、なまえは。おれのしあわせぜんぶ持っていったくせして、きちんとしあわせになってほしいなんて言うんだ。鬼怒田さんに渡されてポケットに入れておいたトリガーを起動すれば、なまえが好んで使用していた弧月の形そっくりのブレードになった。持ちてが青くて、刃が薄い緑色になっている。これの特殊効果は、思い出したときにしよう、と換装を解いた。おれが思い出せないわけないのに、なまえは詰めが甘いなぁ。



「鬼怒田さん、さっきはごめんなさい。これ、なまえが書いた遺書です。俺の代わりにみんなに渡してあげて」
「…ああ」
「じゃあおれ先にラボ行ってていい? 玉狛の人には特に会いたくない。あーあと、おれがなまえのことを忘れたら、ちゃんとそのこと皆に言って口裏合わせておいてね。未来の先で口走ることのないように、がっちりね」
「わかっとるわい」
「ん、ありがとう。…損な役回りさせてごめんね、なまえが迷惑をかけました。…じゃあ、」

自らラボに進み、記憶処理装置の椅子に座る。機械をセットする前に、なまえのことを反芻した。うん、大丈夫。なまえは知ってたと思うけどさ、おれだってなまえのこと大好きなんだよ。だからなまえ、いつかの未来で、待っててね。ありったけの想いといっしょに、あいにいくからさ。


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