本部基地が大きな破損をしたのはつい先日の事だった。近隣を廻っていた近界民による捨て身の攻撃。研鑽を重ねてきたボーダーにとっては造作もない相手だったし、黒トリガーになった訳でもないし、ほとんど自爆のような行為をしてトリオン体と基地を破壊したのち、生身の舌を噛んで自殺したらしい。生きてさえいれば囚われて何をされるかわからない異国だから、その行為はある意味正解なのかもしれないな。きっとそれがあの近界民にとっては一番良い一手だったのだろう。
ばかだなあ、死んでしまえば何も残らないのに。

「迅、ここにいたのか!探したぞ」
「嵐山? どうしたの」
「なまえさんが探していたぞ。渡したいものがあると言っていた」
「ん、そっか。ありがとね」

ああ。と爽やかな返事に手を振って死体処理班の横をすり抜けてなまえがいる場所へと向かう。まだ本部ができたばかりの頃、なまえと俺に与えられた部屋。大人達には秘密の遮蔽された空間。最上さんの匂いがあちこちに残る俺達が、たったひとつだけ許される場所。俺より四つ年上のなまえは、あの時のボーダーから見ればまだ子供の分類で。小南はボスにべったりだったから、俺の面倒はなまえが見てくれていて。お姉さんから、愛しい人に変わったのはいつだっただろうか。もう忘れちゃったよ。

「なまえ。お待たせ、探したの?」
「わ、びっくりした。探したよ、でもすぐ諦めた」

半笑いで振り返る彼女の目が赤くて、それに気づかないふりをした。丁度コーヒーを飲むところだったのか、俺の分までつくってくれたなまえにマグカップを手渡される。今日はココアじゃないよ、と笑って、それからミルクを入れてくれた。もうブラックでも飲めるの、知らないの? と、喉元まで出かかった言葉を可愛く変色した液体と一緒に飲みこんだ。

ふたりでこうやって飲み物を飲むのは、俺達の癖だ。幼い頃からずっと、こういう風に対話をしてきた。壁にもたれ掛かりながら、足を伸ばして肩を寄せ合う。何回見たって飽きることのない横顔。笑う時に細められる目が好きだったりする。ちらつく確定した未来を塗りつぶす様に会話を交わし、乾いた笑いをふたりで浮かべ合う。

違うだろ、おれは、おれたちはこんな関係じゃない。 と、言えないことが俺の駄目なところだ。なまえには一生適わないと、知ってしまっているから。

「渡したいものってなに?」
「あ、そうだった」

立ち上がるのが億劫なのか、身を傾けて腕を伸ばし引き出しから冊子のようなものを取り出した。はい、と軽く手渡されて中身を見れば、そこには俺と、なまえの写真。

「うわ、なにこれ。いつ撮ったの? おれ全部寝てるし」
「じゃあ寝てるときってわかるじゃん」
「いやいや、うそでしょ? 気づかなかったってこと? 恥ずかしいんだけど」
「最近は眠りが浅いからドキドキしたけど、スマホで撮ると音鳴らないの。最初の方はフィルムカメラで撮ってるから、悪いことしてる気分だったな」
「ええ…うそ…」

嘘じゃないよ、と写真の中のなまえが言っていた。あどけない、子供のような顔で眠りこけている自分と、決まって愛しそうな笑みを浮かべているなまえ。なんだよこれ、こんなの知らないよ、と思わずこぼせばなまえがきれいに、きれいに、わらっていた。

「悠一にかえせるもの、ほしかったのよ」
「……なんもあげてないよ」
「ふふ。嘘ばっかり。愛しい気持ちをくれたじゃん」
「お互いさまだろ」
「それもそうかも」

でもいいの、と言葉が続く。おれはよくないよ、と返しておいた。

「なにがみえてる?」
「何って、写真だよ」
「違うよ」「やめてよ」

なまえをみるのがこわくて、写真の中の幸福から目を逸らさぬようにする。決まって肩を寄せ合って、同じ色の壁ばかり写っている。
ぜんぶ、ここにあった記録。ぜんぶ、ここで成長した証。一枚一枚、丁寧に挟まれたそれの、受け止め方がわからないんだよ。

「わたしね、悠一に助けられたの」
「………なに、」
「最上さんがいなくなっちゃった時、わたし、心の底から絶望したよ。どうしてって、そればっかり。でも悠一がいたから、ああ、わたしがこの子を一人前に育ててあげなくちゃって、思えたの。最上さんの代わりにはなれないけど、最上さんの分までこの子を見届けなくちゃって。…ちょっと早いけどさ、成人おめでとう」
「いやだよ、ちゃんとその日に言って」
「じゃあわたし、今日はもう帰るね。悠一も遅くならないように」
「なまえ!」

立ち上がったなまえの腕を掴んで引けば、驚くほど簡単になだれ込んできた。あれ、こんなに弱々しかったっけ。なんて、今はそんなことどうでもいいはずなのに。

「…行かないでよ。どこにも行かないで。おれ、どうしたらいいの? なまえまで、なまえまでいなくなったら…っ!」
「うまくいけばいなくならないかもしれないよ。…でも、私は最上さんみたいに優しくないからなあ」
「やめろ…やめろよ、」
「悠一にしか起動できないようにしちゃうかも。そしたら悠一、わたしのこと絶対忘れないし、絶対使ってくれるもんね。…なーんて、あは、なにその顔」

みっともなく泣きじゃくる俺に、なまえは笑顔を絶やさない。力の抜けきった腕の中からするりと這い出て、それから行ってしまう。

「ばいばい、大好きよ、悠一」

ふたりきりが、ふたりきりであることだけが、俺達の幸福じゃなかったのかよ。

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