夏と一緒にお風呂から上がると、丁度髪を乾かし終えた秋と帝統さんが私達を手招いた。夏が私の手を引く。悪戯をする秋のような微笑みを私に向けていた。

「おねえちゃん、だいすにいちゃんに髪の毛かわかしてもらいなよ!」
「えっ」

いや、私は自分でできるよ、と言うも夏も秋も納得しない。早くしないと夏が風邪ひいちゃうよ、の言葉を念押しに渋々帝統さんの前に座り込む。私達の会話に一切口を出さなかった帝統さんが無言でドライヤーのスイッチをオンに切り替えた。テレビを見始めた二人には聞こえない声で小さく謝罪すれば、「別に」とだけ。弟妹達はまだしも私の世話なんてしたくないに決まっている。ああ、髪が短ければ良かったのに、なんてもうどうにもならないこと。

「ん、乾いたぞ」
「すいません…ありがとうございます」
「謝んなって。これくらいどうってことねぇだろ」

でも、と言おうとした口は、帝統さんの大きな声で閉じてしまった。夏を呼んで慣れた手つきで髪の毛を乾かしてくれる。秋の隣にちょこんと座り、軽く体重をかけた。きゃっきゃと笑いながら私の膝の上に乗り込み、ぎゅうと抱きしめられる。あったかくて、いい匂いがする。愛しいと再確認。次第に瞬きの回数が多くなっていき、首ががくん、と揺れる。そっと抱き上げて布団に寝かせてやった。夏も同じタイミングで同じようになったのか、帝統さんも同じようにしてくれる。幸せそうな顔で眠る二人をそっと撫でて寝室の扉を閉めた。

「なまえ、ちょっと話そうぜ」
「はい」

居間のテレビを消して、ちゃぶ台を挟んで向かい合って座る。ピリリと走る緊張感に背筋が伸びた。

「有栖川帝統、二十歳。シブヤでFling Posseっつーチーム組んでラップしてる」

唐突に始まった自己紹介に驚く。はたちって、想像していたより若い。言い切ったまま何も言わないので、自分の番だろうか、と息を吸った。彼の人差し指が私の唇に触れて、首を横に振られる。指が離れていくのを追うように吸った息を吐きだした。

「…職業は、ギャンブラーだ」

真っ直ぐで熱い視線。逸らすなよ、と言われているようだった。

ギャンブラーというのは職業と呼んで良いのか果たして定かではないが、彼が泥だんごを食べそうになるくらい腹を空かせていたのにも合点がいく。それと同時に二郎くんに言われた「あんまアイツに深入りすんなよ」が何度も脳内を反芻する。そうか、二郎くんは知っていたのか。そして、この様子を見るに、帝統さんはきっと私を知っている。

「そう、ですか。…夏と秋には、内緒にしておいてください」
「…おう」
「………みょうじなまえ。夏と秋の姉です」

知ってる、と帝統さんの唇が紡ぐ。その先の私の言葉は震えていた。

「今はこの家で3人暮らしです。母は政治家で、ヒプノシスマイクの製作段階で、実験台にされて亡くなりました。………父は、母を殺した政府が出したお金を全て持って、ギャンブルに身を溶かし、自殺したと聞きました。もう3年前のことですが」

帝統さんの眉が顰められ、ばつの悪そうな表情をしている。そっと視線を下に逸らし、目を瞑った。

「俺はギャンブルに命を懸けてる。スリルがねぇ人生なんて死んだ方がマシだ」
「…はい」
「寝るか」

言いたいことを言い終えたのか、この空気に耐えられなくなったのかはわからないが帝統さんがそう言って立ち上がる。乱雑に私の腕を掴んで引っ張ったと思えば、客間の襖を開けた。昨日から出しっぱなしの布団を一組敷いて、そこに私を半ば放り投げるような形で寝かせる。ずい、と何の遠慮もなく同じ布団に入ってきた帝統さんは何も話さない。私とは違う逞しい腕が背中に回り、軽く抱きしめられる。「おやすみ」と言われ、目を瞑られてしまえば私にできることはもうなにひとつとして残っていなかった。この心臓の高鳴りの理由が恐怖なのか怒りなのか、はたまた別のものなのかわからないまま意識を手放した。


翌日、目が覚めた時に既に帝統さんはおらず、くしゃくしゃになった五千円札が枕元に置かれているだけだった。

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