目覚めたら既に帝統さんはいなかった。タオルケットは無造作に散らかっていて、温もりはどこにも感じられない。いつ起きたのだろうか、全くわからなかったな。今日も来るって言ってたし、と考えながら洗面所へ向かおうとすれば小さな声で名前を呼ばれる。

「みょうじさん、俺たちはそろそろ出ます。夏と秋によろしく伝えてください」
「わ、お兄さん。おはようございます。もう出るんですね」
「午後は用事がありますし、2人が起きてきたら泣かれちまうかもしんないんで」

照れたように笑いながら玄関へ向かう3人を見送る。二郎くんが頻りに私の身を案じてくれていた。今日も帝統さんが来るって言ったら怒られるだろうな、と思って内緒にしておく。お礼を言ってから手を振る。二郎くんって心配症だったんだな。さて、夏と秋が起きる前に朝ご飯の支度を済ませてしまおう。今日は昼から夕方までフリーマーケットでお小遣い稼ぎだ。元々手先が器用なのもあるだろうし、母よく教えてくれたのもあるだろう。手作りの雑貨屋アクセサリーで生計を立てきるのはさすがに無理だが、政府からの援助もいくつかあるのでなんとか3人で暮らしていけている。…昨日帝統さんと採りにいった野菜は、夜に一緒に食べよう。

「あーっ!おねえちゃん!いちにいたちは!?だいすにいちゃんは!?」

秋の大きな声に驚く。パジャマ姿で騒ぐ秋と、寂しそうな表情で俯く夏を見て慌ててガスコンロの火を消して2人に駆け寄った。宥めるのに時間がかかったが、帝統さんは今日も来るよ、の一言で機嫌を直してくれたらしい。もうすっかり1人でトイレに行けるようになった2人は着々と家を出る準備を進めてくれた。余程昨日の出来事が嬉しかったのか、2人の口が止まることはない。今度二郎くんにお礼をしないといけないな、2人にお手紙でも書いてもらおうか。

「だいすにいちゃんどこ行ったの?」
「うーん、起きたらいなかったんだよね。夜には来ると思うんだけど…」
「ナツ、おるすばんしてよっか?」
「アキも?おるすばんしてよっかー?」
「2人ともえらいね、ありがとう。でもお姉ちゃん1人じゃ寂しいからついてきてほしいな?」

パッと表情を輝かせる2人に釣られて私も頬が緩む。いくらしっかりしているとはいえまだ2人で留守番はさせられない。何があるか、わからないし。朝ご飯を並べ終わったタイミングでピリリ、と無機質な音が鳴り響く。先に食べているよう促してから着信を取った。

「もしもし、」
『おはようございます。朝早くから申し訳ございません、わたくし、中王区言の葉党の……―――』

ちゃんと番号を見てから出れば良かった。その先の言葉を待たずに電話を切る。夏と秋の不思議そうな顔に笑みを向けて一緒に朝ご飯を食べる。私にはこの、手のひらに収まりきるくらいの幸せがあればそれで充分だ。富も名声もいらない。夏と秋と、幸せな空間。それだけで良い。



すっかり空が茜色に染まった後。近くの公園で良い子で遊んでいた2人と手を繋いで家を出るときよりも随分軽くなった荷物を持って帰路についた。2人の写真を撮って二郎くんに送ったときに、数秒で返事がきたのが面白かったな、なんて顔を綻ばせる。最近はハンドメイドが流行っているのか、同じ年代の子達からご年配の方まで幅広く購入してくれることが増えた。これで今月は援助に頼らなくてもなんとかなりそう、2人の新しい洋服や靴を買ってあげたい。子供の成長は予想外に早く、衣服が消耗品になってしまう。成長を感じられて嬉しいばかりで、ひとつも嫌なことではない。

「ただいまー!」「ただいま〜〜〜」「ただいま」

靴を脱いで一目散に手洗いうがいをしに行く2人の後へ続く。帝統さん、何時くらいになるんだろうか。連絡先くらい聞いておけばよかったな。と、思ったところで何者かに腕を強い力で引っ張られバランスを崩す。

「わあ!?」

大きな声が出たが、すぐに口を塞がれてしまう。まずい、なんで、誰がこんなこと。2人は…!

「おねえちゃん?」
「っ、だめ!」

こっちに来ては駄目だと言いたいのに、口を塞がれているせいでそう言うのが精一杯だった。小さな足音が2つこちらに近づいてきて、泣きそうになる。私はいいから、とにかく2人を助けなくてはいけない。必死にもがいていれば無情にも夏と秋の姿が見えた。

「あれ、だいすにいちゃん!おかえり〜」
「おかえり〜〜〜!」
「おう、ただいま!」

えっ。驚いて声も出ない。閉塞感がパッとなくなり、半分宙に浮いていた身体が解放される。勢いよく振り返れば、そこには紛れもない帝統さんがいた。どうやって家の中に、なんでこんなことを。聞きたいことが一気に溢れてきて上手く言葉にならない。2人に見せる屈託のない笑顔とは程遠い、真剣な眼差しで見つめられる。

「鍵、開いてた。ぶよーじんだろ」
「えっ…あ!昨日、壊れちゃって…」
「あのなあ…。女なんだから気をつけろよ、なまえになんかあったらチビ達どうすんだよ」
「そう、ですよね。すいません…」
「辛気臭ぇ顔すんな! 鍵直してやっといたからな。さ!腹減った!飯なんだ?」

先程までの表情とは一転、まるで別人かのような明るい雰囲気になる帝統さんに「カレーです」と答えれば嬉しそうに笑っていた。秋が帝統さんに抱き着いて、遊んでと強請る。私は未だに緊張と恐怖と安心でバクバクとうるさい心臓を宥めるのに必死だった。夏が私の袖を引いて、エプロンを差し出してくれる。「おてつだいする!」と言われて、ようやく家に帰ってきた気がした。夏の笑顔に酷く安堵した。

「おねえちゃん、だいすにいちゃんのことすきなの?」
「えっ?」
「さっきぎゅってされてから、ずっとふわふわ〜ってしてる」

夏には私が帝統さんに抱き着かれていたように見えたらしい。ふわふわ、というかヒヤヒヤ、なんだけれども。収まりかけた心臓の高鳴りが少しだけ戻ってきて、息が詰まる。昨日帝統さんと手を繋いだ時とはまた違う感覚だった。昨日のはもっと、ギュンって、こう…。

「うまそー!なまえ、料理うめえな!」
「ナツおてつだいしてたの〜? じゃあ明日はアキがする!」

遊び疲れたのかお腹を空かせたのか2人に後ろから声をかけられて大げさに肩を揺らしてしまった。そんな私を見て夏はにこにこする。ちょうど出来上がったので盛り付けて、4人でいただきますをした。うまいうまい、と勢いよく食べてくれる帝統さんに先程までの緊張が和らぐ。鍵を直してもらったお礼になればいいんだけれど、もし夕飯代を差し出されたら断ろう。そう言えば今日は何をしていたんだろうか。お仕事かな。

「なあ、今日も泊まっていっていいか?」
「うん!」
「ふふ、アキったら。もう遅いので、元よりそのつもりでしたよ。ゆっくりしていってくださいね」
「まじ助かるぜ、ありがとな!」

2日連続でお皿を洗ってくれた帝統さんは、秋と一緒にお風呂に入るらしい。男の子同士通ずるものがあるのか、仲良しで微笑ましい。先程目を背けてしまった夏からの質問の答えは、私の胸の中にしまったままにして。

top/


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -