夕食も終わり、夏と秋はテレビを見ながらうとうとしていた。2人以外の私達は特に何をするわけでもなく、他愛もない会話を繰り返していた。そこに気まずさはないのだが、先程から有栖川さんが私に素っ気ないのが気になる。お皿を洗うのは代わってくれたのにな。

来客用の布団は三組しかない。今日は夏と秋と同じ布団で寝よう。そう思って客間に布団を敷く。二郎くんが手伝ってくれて、すんなり終わってしまった。なんだかお泊り会みたいで少しだけ気分が高揚する。居間で談笑している皆をよそに、客間の床に座る。二郎くんが不思議そうな顔をしながらも隣に座った。

「今日は本当にありがとう。とっても助かったし、なんだか楽しい」
「お前に何もなくて良かったわ。ナツもアキも良い子だな」
「そうでしょ。お兄さんと弟さんも素敵な人だね」
「三郎はともかく兄ちゃんは最高の人だ。…って、ほとんど毎日言ってるだろうが」

それもそうだ、と笑い合う。二郎くんは私の知りうる人の中でも優しいランキングでかなりの上位に食い込むことだろう。同じクラスだからと言って学校内で会話を交わすことは少ないが、駐輪場で育てた友情も侮れないものだ。

二郎くんと出会った日のことはよく覚えている。色々な理由で元居た学校に通い続けるのが難しくなってしまった私が今の学校に転校してきた初日、迷っていた私が同じ制服を着ていた二郎くんに声をかけたのが始まりだ。始業の時間が数分後に迫っているにも関わらず焦った様子ひとつ見せない二郎くんは面倒くさそうに道案内をしてくれて、職員室まで一緒に行ってくれたのだ。初っ端から遅刻してしまった私を「俺がちょっかいかけました。サーセン」と庇ってくれた恩をこの先忘れることはないだろう。珍しい時期の転校生ってだけで目立つ要因は十分なのに、どこが発端かわからない噂まで飛び交っていたものだから友達は当然の如くできなかったけれど、二郎くんだけは私に普通に接してくれた。その普通に、どれだけ助けられてきたかはわからない。

「わたし、二郎くんとお友達になれてとっても嬉しい。これからもよろしくね」
「お、おう…。んだよ改まって。言われなくてもよろしくしてやるっつの」

ほんのり顔を紅く染めて視線を逸らされてしまった。私が思うに、二郎くんも弟さんも照れ屋だ。お兄さんはどうなんだろうか。あんなにどっしり構えた方だからそんなことはなさそうだけれど。なんて考えていれば立ち上がった二郎くんに手を差し出される。そろそろ夏と秋は寝る時間だ。喋りすぎちゃったかな。握った二郎くんの手はゴツゴツしていて、男の人を感じさせられた。でも、全然嫌じゃない。

「おねぇちゃん、アキまだ寝たくない」
「……ナツも。だめ?」
「うん。だめ。みなさんにご迷惑をかけちゃうし、2人とも顔がねむねむさんだよ?」
「うぅ…」
「ねむねむさんじゃない!」
「うーん」

駄々を捏ねるような子達ではないのに、よっぽど皆さんに遊んでもらうのが楽しかったのか2人はいやいやと首を振る。明日は土曜日でお休みだけれど、やることが無い訳じゃない。どうしようかな、と悩んでいればお兄さんが2人を抱き上げて笑った。

「今日は兄ちゃんと一緒に寝るか!」
「え!いちにい、いいの?」「いいの?」
「おう!二郎と三郎も一緒だぞ」
「やったあ!」「ねむねむ、する!」

パチん。と私にウィンクを飛ばしてお兄さんが客間へ向かい、二郎くんと弟さんもそのあとを追う。すごいなあ、さすがお兄ちゃんだ。

「あー…俺、寝る場所あるか?」
「あっ、えっと…私の布団でも良ければ…」
「そりゃありがたいけどよ、お前はどこで寝ンだよ」
「座布団の上…?」

呆れたとでも言わんばかりに大きな溜息を吐かれた後、有栖川さんは黙って座布団を枕にし畳に寝転がった。えっ。そんなつもりは、と慌てて駆け寄るが応答はない。彼なりの優しさだろう、と受け取り自分のタオルケットを上からかけた。明日の朝食に使う野菜を採りに行こうとしたところでぐい、と腕を引っ張られてバランスを崩す。来るべき衝撃に耐えようと目を瞑るが、尻もちをつくことはなかった。

「どこ行くんだよ」
「明日使う野菜を採りに行こうかと…」
「一人で夜出るなってアイツに言われてただろ」

そう言って有栖川さんは私を支えていた腕を離し、すぐに私の手を握り直し玄関へ向かっていく。一緒に行ってくれるということだろう。よくわからない人だが、悪い人じゃなくて優しいことだけはわかる。素っ気なくなってしまった理由だけでも聞こう。山を登ってくるときはあんなにニコニコしていたし。

「有栖川さん、」
「それ、やめね?」
「えっ」
「帝統でいいって意味な。名字あんま好きじゃねぇんだ」

似たようなやり取りを二郎くんとしたばかりだな、と思いながら頷く。家の中にいるよりは幾分が素っ気なさがマシになった気がする帝統さんと私の手はなぜか繋がれたままだった。暑い時期だといえど夜は冷える。指先から伝わってくる体温が心地よかったので、そのままにしておいた。

「なあ。また明日も来ていいか? 飯代は払うからよ」
「へ…」
「チビ達と遊ぶ約束したんだよ。それに、なまえとももうちょい話してぇし」

そう言って笑う帝統さんは、先程までの素っ気なさをどこにも感じさせなかった。どうやら嫌われたり、何かをしてしまった訳ではないらしい。ご飯代を払ってくれるのならそんなにこちらに損はないし、夏と秋が望んでいるなら、と私は頷く。ほっとしたような顔で「ありがとな」と言われてギュン、と心臓が縮んだ感覚がした。……なんだ、これ。

「とにかく、アイツらがいちゃしてえ話もできねぇしよ。今日は野菜採ってさっさと寝ようぜ」
「はい!」

指先から徐々に巡り、上昇していく熱に知らんぷりをして、元気な返事をするのが精一杯だった。

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