「いやーっ、まじで助かったぜ!ありがとな!」

そう言ってがはがはと笑いながら我が家に足を踏み入れた有栖川さんに夏と秋は興奮気味だ。家に誰かが泊まりに来ることなんて両親がいなくなってからは1度もなかったし、懐いている人が来たのだから仕方ないのかもしれない。それでも、それでもだ。出会って1時間程度しか経っていない恐らく年上の男を家にあげるなんて、私も2人には甘いな、とはしゃぐ弟妹達を見て思う。家に着くまでの1時間、歩きながら有栖川さんのことを聞こうと思ったのだが、2人に聞かせて何かあったらいけないと踏みとどまっていた。2人が寝てから聞くのが1番良い気がするが、男の人にかかってこられたら女の私ではどうにも出来ないだろう。夏と秋にもし何かあったら、ともう何回目になるか分からない考えに背筋が凍る。やっぱり断れば良かった。随分前に親身にしてくれた警察の方に何かあったらすぐに来て貰えるように連絡するべきだろうか。でも、何も無かった時に業務執行妨害になりかねない。どうしよう、と悩みに悩みきった末に唯一の友人であり兄の萬屋の手伝いをすることがあると言っていた山田くんにメッセージを送信した。もし私が電話をかけたらここまで来てください の言葉と共に位置情報を送る。既読はすぐにつかなかったので、そのまま画面を暗くしてポケットに入れた。

「だいすにいちゃん、おふろはいったほうがいいきがする」
「ちょっとくさい!」
「あ? そう言えばしばらく入ってねえな」

絶句した。なんなんだこの男、と言う感情で脳内がいっぱいになる。急いで風呂の準備を薪をくべた。後ろで私の行動を見ていたらしい有栖川さんが物珍しそうな声を上げる。

「今どき珍しい風呂入ってんな」
「…古くてすいません」
「いやいや!貸してくれるだけでありがてぇし、そういうことじゃねえよ! 幻太郎が見たら喜びそうだなって思ってな」

二カッという効果音が似合う顔して笑った有栖川さんは買い物袋中身を冷蔵庫に入れて良いか聞いてきたので自分がやりますと断りを入れる。手洗いうがいをし終えた夏と秋がキラキラした目で有栖川さんと一緒にお風呂に入りたいと言ってきて、さすがに困ってしまった。そうなれば私が見ているわけにもいかないし、有栖川さんが夏と秋を安全にお風呂に入れてくれる確証もない。いつも通り私と一緒に、と言いかけたところで有栖川さんが口を開いた。

「じゃあ一緒に入るか!なまえ、いいだろ?」
「えっ」
「やったー!」「ナツ、おきがえもってくる!」

秋だけならまだしも夏までこんなに懐いているなんて、と肩を落とす。こうなってしまえば止められないだろうしある程度の覚悟を決めて渋々承諾した。何かあったら大きな声を上げることを約束して3人を脱衣所へ見送る。有栖川さん用に箪笥の奥の奥に仕舞い込んでいた父のTシャツとズボンを用意した。下着はさすがに捨ててしまったので、我慢してもらおう。何かあればすぐに向かえるように準備だけして夕飯作りを開始することにした。ゆでたまごをつくるのにタイマーをかけようと携帯電話を取り出したところで大量のメッセージと数回の着信履歴に驚く。マナーモードになっていたなんて、と慌てて折り返し電話をかけた。

「も、もしもし」
『ッオイ!大丈夫か!?』
「わ。山田くん、ごめんね、大丈夫だよ」
『今兄ちゃんと三郎と向かってるからもうちょっと待っててくれ、わ、兄ちゃん』
『もしもし。こんばんは。二郎の兄の一郎です。いつも弟と仲良くしてくれてありがとな。それで、今はどんな状況だ? 監禁されているのか? 監視状態にないから電話をかけてきたってことで良いか? 家族は無事か?』

矢継ぎ早に繰り出される質問に視界が数回点滅する。いきなり山奥の住所が送られてきたらこうなってしまうのも少し考えればわかることだ。相当焦っていた自分の不甲斐なさに、情けなくて泣きそうになる。

「ごめんなさい…。ここは自宅で、監禁はされてません。2人も私も無事です」
『…チッ。会話が聞かれてやがるな。二郎、三郎!急ぐぞ!』

ブチッ、と音を立てて切れた電話に慌ててかけ直すが再度繋がることは無かった。盛大な勘違いをさせてしまったことを申し訳なく思うと共に、もうちょっと待っててくれ、急ぐぞ、と言った単語達に頭を悩ませる。何から説明したら良いのだろうか。結局のところ、山田くんのお兄さんの業務執行妨害をしてしまったのではないだろうか。沸騰したお湯に入っている卵をぼうっと見つめて、ハッとする。2人の大好きな半熟状態の時間は既にすぎていることを山田くんとの通話時間が物語っていた。急いで冷水に引き上げたところで元気な声が脱衣所から聞こえる。どうやらお風呂が済んだらしい。何も無くてよかった、と安堵の溜息をついたところで家のドアが勢いよく開く音がした。

「っ、みょうじ!」
「…こんばんは。山田くん」
「無事かっ…て、え?」

焦った表情で我が家に踏み込んできた山田くんの後ろに見えるのがご兄弟だろう。とりあえず上がっていってもらおう、と来客用のスリッパを3つ出したところでまだ髪を濡らしたままの3人が異変に気づいて玄関へやってきた。…これは、一体どうしたら良いのだろうか。

「は、テメェ、シブヤの…!」
「お?ブクロのやつらじゃねえか。揃いも揃ってこんな所になんの用だよ」
「こっちの台詞だ!みょうじに何をした!」
「なにって…風呂借りたくらいだけど」

有栖川さんの言葉とお風呂上がりの3人の状態に合点がいったのが、お兄さんが山田くんを宥めてくれた。気性の荒い猫のように有栖川さんに飛びかかろうとしていた山田くんは、普段はこんなことは絶対にしない。駆けつけさせてしまったことも、怒らせてしまったことも、本当に申し訳ない。居間に全員を通して全員分のお茶をちゃぶ台に置く。それだけでいっぱいになってしまうこれにまた情けなくなる。決して広いとは言えない居間に七人。私と夏以外は男性。しかも顔見知りらしく、山田くん側の表情は硬い。事の経緯を説明している途中の胃痛には気付かないふりをした。

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