すっかり見慣れてしまった支給品の服に袖を通す。中王区のロゴマークがご丁寧に刺繍されているそれは、なんど着ても居心地が悪い。夏と一緒に連れ去られてから既に二週間が経過していた。秋は大丈夫だろうか。わがまま言わないでいるかなあ。

「おねぇちゃん、おはよ」
「おはよう。よく眠れた?」
「うん…。でも、アキにあいたい」

日を増すごとに大きくなっていく夏の感情に見て見ぬふりをするのもそろそろ限界が来ていた。生まれた時からずっと一緒にいた双子の弟と突然離れ離れになれば無理もない。帝統さんという確固たる信頼を寄せている人物と一緒にいることがわかっていても不安がゼロになるわけではない。なにより、さびしい。それは私も一緒だった。

「おい、入るぞ」

ノックの後間髪入れずにドアが開く。拒否権なんてないくせに、と思いながらも冷えた視線を無花果さんに向けた。飽きもせず毎日毎日、よく足を運ぶものだ。私も夏も絶対に口を割らないというのに。朝食を部下の方が運んできてくれる。それを受け取って机に置いた。これに毒や薬を入れないあたり、長期戦を覚悟していることが容易に思いつく。

二週間。私だって何もしていなかったわけじゃない。24時間監視の目が付きっきりである閉鎖された空間でできることを懸命に探した。そうしてどうにかこうにか見つけ出したほんのわずかな自由時間。一日に数分だけ、見張りの目が緩むときがある。そこを狙って逃げ出すしかないのだが、まず建物内を出るのに一苦労であるし、例えこの建物内を出られたとしても中央区の外には簡単に行けないだろう。

「今日、有栖川帝統がここに来る」
「えっ?」
「飴村乱数からの申し出があった。…お前の妹が持っている鞄の中には遺品なんて入っていない、とな」

ご飯を食べていた夏の手がぴたりと止まる。あめむらさんがわざわざバラしたということは、きっと勝算があるということだ。そうじゃなきゃ帝統さんがそれを許すはずない。夏に大丈夫だよ、と視線を送り朝食の再開を促す。

「事実かどうかはわからんが、もう一つ重要な情報があってな」
「…?」
「真っ白な遺書が家にあるそうだな」

かしゃん、と音が鳴り食器が手から滑り落ちる。夏が慌てて私を呼ぶも、返事をすることはできなかった。
なんでそれを。だってそれは、夏と秋にも教えていないことだ。お母さんがいなくなってから見つけたなんの変哲もない封筒の中には、なまえへとだけ書かれた真白な紙が一枚。透かしてみてもなにも書かれていないそれに困惑した私は、いつかそれの意味がわかるようになるまで内緒にしようと決めていた。それが遺書なのかどうかは置いておくとして、どうして無花果さんが…いや、あめむらさんがそれを、

「その反応を見るに事実らしいな。…ふっ、すぐにでも行こうか。有栖川帝統が待っているぞ」
「おねぇちゃん…」

ああ、私にはそれだけ在ればよかったのに。



緊張した様子で袖を握りしめているアキの手を握ってやる。肩から提げられた熊の形をした鞄の中に、乱数と見つけた白い紙と、なまえが置いていったなまえの母さんの遺品が入っている。どうしても一緒には行けないという乱数と、二人で行きなさいと言った幻太郎を中王区の外に置いて通行証を見せて中に入る。何回来ても最悪だ、という感想しかでてこない。高い壁の向こうには、クソみてぇな世界が広がっている。

「有栖川さん、みょうじさん、こちらへ」

下っ端みてぇなやつに促されるまま車に乗り込み到着を待つ。車の中でアキと最終確認を小声でした。なまえはもしかしたら、…もしかしなくても怒るかもしれねえが、その時は一緒に怒られような、とアキと口合わせ済みである。二週間という短い様で長い時間を、俺もアキも決して無駄にはしなかった。

「…遅かったな」
「ナツ!!」
「…あき、」

ぼろぼろぼろ、とナツが泣き出すのが見える。走り出したい衝動をぐっと堪えているアキの頭を撫でて、なまえの姿を捉えた。…やつれてんじゃねえか。飯ちゃんと食ってたのか? 視線が合うなりぱっと表情を明るくさせ、それから夏と秋を見てなんとも言えない表情をしていた。俺達の間には分厚いガラスの壁一枚。全力でぶん殴ったって、壊れやしないだろう。

「ちゃんと持ってきたんだろうな」
「…ああ。それより、ちゃんと明確にしておこうぜ。これを全て渡したらなまえとナツを返す。それはいいよな?」
「無理矢理奪い取ってもいいんだぞ」
「そりゃねぇだろ。話が違ぇ。…なにより、これはお前らの望むようなもんじゃねえと思うけどな。直接渡させてくれよ、こんな壁越しに渡せるほど簡単なもんじゃねえだろ」
「まず、何が入っていたか聞こうか」

ずびずびとナツの洟を啜る音と、アキの苦しそうな表情に私も苦しい。そんな私達家族を他所に、無花果さんと帝統さんの会話は進んでいく。

「ボイレコと小瓶みっつ。音声内容はアンタ達にゃあ関係ねえこと」
「聞いてみないとわからないだろう」
「あのなあ…家族水入らず、って知ってっか? 邪魔ばっかしてんじゃねえよ」
「ハッ!ちゃんちゃら可笑しい話だな。貴様とて家族ではないだろう」
「………これから、なるよ、きっと。おねぇちゃんと、だいすにぃちゃんと、ナツと、いっしょにかぞくになる」
「秋…?」

帝統さんと繋いでいた手を離して秋がひとりで無花果さんの方へと向かっていく。壁の手前でぴたりと止まり、鞄の中から封筒を取り出した。それは、間違いなく真っ白な紙の入ったもので。秋の言葉の意味が、わからなくて。

「おねーさん。この紙、どうしてもおねぇちゃんとナツといっしょにみたいです。おねがいします、そっち側にいかせてください」
「………いいだろう」

分厚い壁を超えて秋と帝統さんが傍に来る。帝統さんが私と夏の頭を両手で同時に撫でて、泣きそうになってしまった。二週間ぶりの、ずっと会いたくて仕方なかったひと。

「おかーさん、言ってた。しあわせになってね、って」
「うん…?」
「おねぇちゃん、この紙にね、透明のびん、あけて、」

秋に小瓶を差し出されてて受け取る。夏には赤色を。私には透明。秋は青。封筒から紙を取り出した秋が、緩やかに笑った。

「びんの中、インクなの。…紙にかけて?」
「えっ。かけるの?」
「うん。ナツとアキのは、かけない。おねぇちゃんのをかけるの」

しゃがみこんで二人に視線を合わせ、真っ白な紙にインクをぽたり、ぽたり。じわじわと浮かび上がってくる文字に夏も秋も感動の声を漏らす。警戒心をひとつも解かない帝統さんが、私達の行方をじっと見守っていた。

「……住所?」
「うん。ここ、おっきいおうちがあるんだって。ここで暮らしてみてね、って、おかーさん言ってた」
「寄越せ」

勢いよく秋の手の中から紙を奪い取った無花果さんが浮かび上がった文字を見つめて眉を顰める。すぐに電話をどこかへかけ、書かれている住所への捜索を指示していた。

「っつうことで、こいつら返してもらうからな」
「待て!餓鬼共のインクもあるだろう」
「こっちはまじでフツーのインク。きれーな色してるだけ。ボイレコの内容は録ってあっからこれはやるよ。それと、その住所になんもねえのがわかったら二度と入んなよ。人んちだっつの」

辟易する、とでも言いたげに帝統さんが大きな溜め息を吐く。ひょい、と夏を抱き上げて「帰んぞ」とぶっきらぼうな声色。帰るという言葉を選んだ帝統さんに嬉しくなって、返事をして秋を抱き上げれば、わんわんと泣き出してしまう。我慢させてごめんね、と私も一緒に泣きそうになってしまったところを帝統さんに止められて、力なく立ち尽くす無花果さんの横を通りすぎて中王区を出た。駐車場にはあめむらさんと夢野さんがいて、なんだかとてつもなく安心してしまった。

「おかえり〜なまえちゃん、ナツちゃん」
「ただいま〜!」
「た、ただいま…?」
「おう、おかえり」

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