部屋をくるりと見渡して、それから隠しカメラや盗聴器の有無を確認する。大体どこにあるかは予想できるが、できるだけで死角がない。家にある固い布団ではなくふわふわのベッドの上で夏がひとりちょこんと座ってこちらを見つめていた。夏が肩から下げているポシェットに遺品が入っていると無花果さんは思っているだろう。どれだけ長い時間隠し通せるかが鍵になるだろうな、と思いながら自分もベッドへと足を運ぶ。ふわふわで、ふかふかで、だだっ広いのに、全然嬉しくない。

「夏、お姉ちゃんの言うこと、よく聞いてほしいな」
「うん」
「ありがとう。あのね、夏の鞄に実はとっても大切なものが入ってるの。だから絶対、離しちゃだめ」
「……わかった!」

鵜呑みにしているのか、視線で察したのかはわからないが、夏が元気よくお返事をしてくれて頭を撫でた。今朝、家を出る前にいつもと変わらぬ持ち物確認を夏とも秋ともしたため、中に特別なものが入っていないことは夏もわかっているはずだ。お利口さんでいてくれてありがとう、とぎゅっと小さな体を抱きしめる。

「ね、おねえちゃん」
「どうしたの?」
「おかあさんって、どんなひとだったの?」

先程の無花果さんとの会話を聞いていたからだろうか。どうしてか自然とあまり上がることのなくなっていた母の話題を持ちかけられて数秒返事に悩んでしまった。

「…夏にだけ言うときっと秋が怒るから、秋には内緒だよ?」
「ないしょ、する!」
「ふふ。えらい、えらい。…夏はどれくらいお母さんのこと覚えてる?」

母が亡くなってしまったのは2人がまだ2歳だった時の頃だ。何も覚えていないのも無理はないが、言葉を話し始めた時期でもある。うんうんと夏が真剣に考えている間、自分も記憶を引っ張り出す。
夏と秋がひとつ成長する度に、両親も私も手放しで喜んでいた。笑った、泣いた、寝返りを打った。少しずつ成長していく双子の子育ては容易なものではなかっただろう。中学生だった自分とて、完全に手が離れていた訳ではない。仕事に家事に育児に、母も父も全力だったし、その結果日々に幸福があふれていた。無条件で降り注がれる愛情は、とてもあたたかくて、眩しい。
私はちゃんと、夏と秋に与えられているのだろうか。

「ん〜…おかーさん、いつもにこにこしてた。おとーさんも、にこにこ」
「そうかも、2人ともよく笑ってた」
「ぎゅってして、ちゅってするの、すきだった?」
「うん、そうね。でも夏にしてたのはお父さんの方かなあ。お母さんは秋によくしてたよ」

夏のおぼろげな記憶を辿りながら懐かしさに浸っていれば、どんどん瞬きの感覚が狭くなっていく。トイレもお風呂も完備されたこの部屋から出られないのは退屈だろうし、何より今日は疲れただろう。命の危険を伴うことは恐らくないが、明日からも日常ではないストレスの溜まる生活が続くのは目に見えている。そっと夏を寝かせて、瞼を緩く撫でてやればすぐに聞こえてくる寝息に安心した。

「…なつ、ありがとう」

そう言ってから自分も目を瞑る。夏がいなければ、取り乱したまま無花果さんの言いなりになっていたかもしれない。ふたりで必ず、帰らなくては。そう思いなおして自分も目を瞑る。一番に浮かんできたのは秋と、秋を抱える帝統さんだった。

今の私が考えうる幸福のうちに、帝統さんがいる。これはもう目の背けようのない事実だった。日毎膨らんでいく気持ちを隠し通すことが難しくなっている。夏とふたりで帰って、秋にもきちんと話したら。玉砕覚悟で帝統さんに、きちんと伝えよう。だからはやく、あの日々へ。

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