なまえが中王区の車に押し込まれる前に俺に投げた鞄を拾い、大泣きしているアキを抱えて家の中に入り、記憶を辿りに最低限必要だろうものを引っ張り出す。空き巣に入られた後のように荒れた家内に舌打ちし、ほとんど問答などできそうにないアキに無理やり色々聞いて荷物を抱えて下山した。タクシーを停めて乗り込み乱数に電話をかける。能天気な声も俺の雰囲気を感じ取ってからは落ち着き、今あったことを簡潔に説明してから電話を切った。隣で泣いたままの少年の手をぐっと握り声をかける。

「アキ、泣くな。男なんだから」

聞いちゃいない。まだ5歳かそこらだし、それもそうか、と頭を掻く。なまえが残していった鞄の奥には大層ご立派な箱が入っており、恐らくこれが遺品だろうと推測した。政府が喉から手が出るほど欲しがるこれの検討はなんとなくつく。少なくともヒプノシスマイクに関係していることは明らかだろう。

「なあ、アキ。ナツもなまえもタダでやられるようなタマしてねぇのはお前が一番知ってんだろ」
「っ…うっ、」
「中王区のクソ共は俺達はともかく、女には危害を加えねえはずだ。お偉いさんだったって感じもねぇし、泣いてる時間あったらどうやって取り返すか考えようぜ。な?」
「………うん、」

ぎゅう、と腰元に抱き着いてくるアキの頭を撫でてやる。乱数の事務所に入れば既に机の上にはそれっぽい資料が広がっていた。さすがと言うか、なんというか。

「みょうじって聞いた時からちょっと気になってたんだよね〜。アキくん、お母さんの事って覚えてる?」
「ううん。あんまり………」
「そっかそっか〜。うーん。なまえちゃんに電話かかってきたり手紙がお家に届いたりしてた?」
「でんわ、は、よく鳴ってるけどおねぇちゃんはいつも切っちゃう。おてがみは、まえのおうちにいたときはいっぱいきてた」

うん、うん、と相槌を打ちながらアキの話を聞き進めていく乱数を幻太郎と一緒に見守る。机に広がっている紙にはなまえのこと、ナツとアキのこと、なまえのかーちゃんのことが書き並べられていた。秘書官、ねぇ。と幻太郎が呟く。結構なお偉いさんだったらしい。みょうじという名字だけで乱数がピンとくるんだからそれもそうか。

「帝統、なまえちゃんが連れていかれた時はどんな感じだったの?」
「家行ったらもう車が停まってて、あ?て思ってたら出てきて、連れてかれた感じだな」
「まったく、あなたと言うものがついていながら…」
「仕方ねえだろ!アキ抱えてたんだっつの」
「まあ、一人守っただけでも褒めておきますか」
「偉そうにすんな!」

ちょっと帝統、幼稚園に連絡して!と乱数に既にコール途中の携帯を渡され慌てて耳に当てる。何を言っても納得しないヨーチエンのセンセーに痺れを切らしてアキに受話器を押し付けた。誘拐じゃねえっつうの。

「うん、ごめんなさい。ナツとおねえちゃんといっしょにいくから、うん、」
「5歳にしてはお利口さんすぎな〜い?」
「なまえの教育がいいんだろ」
「アキくんえらいえら〜い!オニーサンが飴あげちゃう」

俺の傍を引っ付いて離れないアキは、乱数のことをずっと警戒しているように見えた。子供の直感って時には恐ろしいもんだな、と思いつつもアキに「いいやつだから。俺を信じろ」と耳打ちをする。大人しく飴を受け取ったアキがこくこくと頷いていた。

「あー…アキ、これから喋ること見るものはなまえとナツには隠しておけよ。できるか?」
「う、うん!」
「よし、よく言った!男と男の約束だからな」

なまえには怒られるかもしれねえけど…と思いながらアキに口止めをして鞄の中の箱を取り出す。楽器でも入ってそうな形だな。開け口にはナンバーロック錠がかかっている。これを解くところからだよなあ。

「誕生日の類は全部入れてみたけど、ダメだね〜〜〜」
「ナツとアキの産まれた時の体重はどうだ?」
「それも駄目ですねぇ…」
「あとなんかあるかぁ…?」
「アキ、わかるよ」

えっ、と俺達三人の声が重なる。小さな指がロックに触れ、くるくると数字を並べていく。6桁の数字を並べ終わり、カチ、と静かな音が鳴った。

「あいた」
「っ、んだこれ………」

中から出てきたのは四角形の機械と、小瓶がみっつ。小瓶の中の液体はそれぞれ青、赤、透明だ。機械をひょいと持ち上げた乱数が、無造作に電源スイッチのようなものを押す。ノイズ音が数秒、それから柔らかな女の話声。

『なまえ、ナツ、アキ。元気にしてる? 今何歳になったのかな』
「オイ、これ」
「おかあ、さん、」

体が咄嗟に動き乱数から機械を取り上げて電源を切った。乱数が至極驚いた表情でこちらを見つめている。

「…俺達が聞いていいヤツじゃねぇ、だろ」
「そんなことも言ってられないのではないですか?」
「けどよ、」
「ううん。だいすおにいちゃん。ありがとう。でも、いっしょに聞こ? おねぇちゃんとナツ、きっと待ってるから」

きゅ、と手が握られる。俺の半分にも満たない小さな手のひらを握り返して「そうだな」と返事をし、再度スイッチを入れた。

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