助手席に乗った私を他所に、後ろに座っている三人の会話は弾んでいた。だいすにいちゃん、だいすにいちゃん、となんども繰り返される2人の言葉に帝統さんは嫌な声色ひとつさせないで答えている。時々ムキになって張り合ったり、夏が宥めたり、秋が笑ったり。2人に兄がいたら、こんな感じなのかなとすらも思えてくる。

険しい山道を登るタクシーの揺れは激しい。運転手さんの嫌そうな顔とは裏腹に、夏も秋も楽しそうな声を上げていた。テーマパークのような場所に連れて行ってあげれたことが一度もないので少し嬉しくなってしまう。歩けば一時間かかる山も車なら20分だ。メーターは六千円を示していて思わず冷や汗をかく。ろくせんえん。ギリギリ食費1ヶ月分だ。切り詰めに詰めてどうにか六千円に収めているのに、しばらく私の分のお昼ご飯は抜かないと…、とぐるぐる考えていれば後部座席からにゅっと手が伸びてきて、くしゃくしゃの五千円札と小銭がばらばらと。運転手さんがぶっきらぼうに「どうも」と告げてドアが開く。

「おっちゃん、あんがとな!」
「あんがとな〜!」「ありがとう〜!」
「あっ、ありがとうございました。…帝統さん!」

ア? と振り返った帝統さんは気まずそうに視線を逸らしていた。思わず腕を掴み、引っ張る。

「っ、おいおい、ンだよ!」
「お金!お金払います」
「いいって。あれは元々お前にやった金だっつの」
「でも、」
「だああっ、いいだろ!俺に返したならもうあれは俺の金だ!そして俺が使った!」

有無を言わさぬ勢いで言いきった帝統さんに結局押し負けてしまい、不本意ながらもお礼を言えば「それでいいんだよ」と満足気に笑われてしまう。とりあえず中に、と顔を上げればそこには見知らぬ黒塗りの車が一台。…なん、だ、ろ。

「客か?」
「いえ、滅多に来客はありません。隠居生活のようなものですし。宅配便、ではないですよね…」
「…あ? これ中王区の、」

丁寧にドア部分にプリントされているロゴを見て帝統さんがそう告げる。ちゅうおうく。チュウオウク。中王区。まずい、と思った時には夏を抱えていた。秋を抱えていた帝統さんが不思議そうにこちらを見て、それからハッとした表情になる。

「政治家って、中王区ってことか?」

一切無駄のない質問に、心して頷いた。帝統さんが車と距離を取り、左手で私の手を引く。ただならない空気を感じ取ってくれたのか、夏と秋は静かにしていてくれた。なんでここが、どうしてここに、と疑問ばかりが頭を埋め尽くしていく。車の中には人の気配がない。家の中にいるのだろうか、鍵は帝統さんが直してくれたのに。

「オイ、とりあえず乱数んとこ戻んぞ」
「その必要はない」

刺すような声に驚いて振り向けば、そこには綺麗な女の人がいた。中王区の通行証を首から提げている。胸元に中王区のバッジがついていて、そこそこ位の高い人だな、と冷静な頭が判断する。見たことのない顔だったので恐らく新人かその類だろう。ぎゅ、と回されている腕に力がこもり、夏の頭を数度撫でた。帝統さんの表情がどんどん曇っていく。

「こんなところでシブヤディビジョン代表の有栖川帝統に会うなんてな」
「………なまえ、行くぞ」
「はは、待て。ようやく居場所を突き止めたんだ、逃がすと思うか?」
「だいすさん、」
「みょうじなまえ。さっさと母の遺品を渡してもらおうか」

いひん? と幼い声が2つ聞こえる。なんでもないよ、と自分に言い聞かせるかのように口に出した。せめて夏と秋は。焦る思考を必死に巡らせる。目の前の女の目的は鞄の中にあるが、それを差し出せる訳もない。白を切るか、逃げ出すか、どうしたらいいのかわからない。

「往生際が悪いな。手荒な真似はしたくないのだが…」
「っ、」
「なまえ!」

強い力で引っ張られた腕に体重が傾き、夏ごと車に押し込められる。まずい、せめて夏だけでも、と抗議の声を上げるが既に遅く。大泣きしてしまった秋と帝統さんがこちらへ何かを叫んでいるが、ドアを閉じられてしまって何も聞こえない。ガンッ、と帝統さんが窓を叩く音。必死にロックを解こうとするも虚しく、いつの間にか運転席に座っていた、先程の人よりもっと下っ端のような身なりをした女性が車を走らせる。ものすごい勢いで下山していく車の中で、夏が洟を啜る音だけが響いていた。

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