本当に自分がヒーローだったら、きっとこんな結果にはならなかったのだろう。静かに寝息をたてて隣で眠る恋人の頭を、起こさないようにそっと撫でる。髪を掬って唇を付ける。みっともなく涙が溢れるが拭う余裕などこの世界のどこにも存在しなかった。涙の痕がついている頬をなぞる。泣き疲れただろうな、と思う。拭ってやれなくて申し訳なかったと、思う。空はもう明るく、鳥の鳴き声すら聞こえる。今日は朝早くから本部で会議がある。そのついでにこのことを報告するようにも言われていた。なあなまえ 連れ出してやれたら幸せになれたのか。ありがとうと言って笑ってくれたのか。もうそれを聞くことはできなくなってしまったけれど。

ベッドを抜け出して服を着る。机に散らばったゴミを片付けて、避妊具を鞄に入れる。もう二度と、俺もなまえもこれを使う日が来なければ良いのになんて。なんて勝手なことを。ぐるりと部屋を見渡す。ここにはなにもかもが残りすぎていた。お揃いのマグカップ。自分の着替え数セット。同じコップに入った歯ブラシ。数えだせばきりがないだろう。三門を出れば、トリガーを手放せば。未練がましく考えてはそれを捨てる。

「…なあ、なまえ。すまない。俺が不甲斐ないばかりに、苦労をかけただろう。ずっと一緒にいるという約束を破ってしまうことを、許さなくてもいいんだ。その代わり、ずっと覚えていてはくれないだろうか。俺は、ずっとなまえの恋人だ。死ぬまで、ずっと、その先もだ。なまえもそうだと嬉しいが、無理強いはしない。………応えることができないからだ。大好きだ、愛している。愛しているんだ、なまえ、俺はなまえのヒーローではないが、俺にとって、なまえはヒーローのようだった。いつかどこかで会ったら、笑って話せるといいな。心から愛している。……ごめんな、」


鞄に入れたもの以外はひとつも持ち帰らずに、家を出た。合鍵で鍵を閉めて、その鍵はポケットに入れる。酷い顔をしているだろうからできるだけ俯いて歩いた。なまえの家から本部までは少し遠い。気を抜けばすぐに零れそうになる涙をどうにか誤魔化してできるだけ何も考えないようにする。

ずるいのは、彼女のほうだ。なまえこそ俺がいなくても生きていくだろう。嵐山准という存在は、みょうじなまえなしでは生きられないことを 君だけが知らない。


「嵐山、おはよ」
「…迅か。おはよう」

上手く笑えているかどうかもわからぬまま挨拶を返す。気づけば本部は目の前で、早朝だというのに隊員の姿が見える。一番最初に出くわしたのが迅でよかった。自分の隊員や後輩達には、とても見せられない顔をしている。上層部はこんな俺を見て憐れむのだろうか。憐れむくらいなら、全部嘘だと言ってくれたら良いのに。

「今日はさすがに任務休んだら?」
「………そういうわけにはいかないだろう。俺が休んだら迷惑がかかる」
「いやいや、迷惑かけられてんのは嵐山なんだから」

えらいね、と迅が言う。それをきっかけに、どうにかこうにか止めていた涙が溢れてしまった。どうすることもできなく会議室まであと一歩というところで蹲る。迅は何も言わずに背中をさすってくれていた。一緒に会議に出席する予定の風間さんの心配する言葉が聞こえる。ああ、みっともない。でも、どうしようもない。俺の世界はどうしようもなくなまえに依存していたのかと思えば思うほど首を絞められていくようだった。ボーダーA級5位。市民の味方嵐山隊隊長。それを、捨てられないのは、俺だというのに。

「今日の会議は欠席にするか」
「…いえ、」
「そんな状態で出られる方が上も迷惑だろう。お前はそういう判断ができるやつだと思っていたが」

風間さんの言葉への返事が見つからない。たったひとり守り切れやしないで、なにが、ヒーローだ。

「時間が惜しい、早く入れ」
「ちょっと城戸さん、それはないんじゃないの」
「……嵐山、結果を聞こうか」

ごめんなまえ。俺、どうしてもヒーローでいなきゃいけないみたいなんだ。さようなら、大好きな恋人。せめてふたりの中では、永遠に。

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