明日の予定を聞くのが怖くて口がどんどん開かなくなる。とうとう彼の表情すら見たくなくなって目を閉じる。准くんの言葉が止まり、衣服が擦れる音が真夜中の部屋にやけに大きく響いた。唇に柔らかい感触が降ってくる。それが彼の唇だということは、私の脳が知っている。見えなくても考えなくてもわかる。唯々好意だけがぎっしりと詰まったこの行為が幸福だということを知っている。ヒートアップしていくそれに、私はなにも言わぬまま。受け入れることが間違いだとも、もちろん知っている。




「なあ、なまえ」
「うん」
「今日眠らなかったら 朝はこないだろうか」

携帯電話の電源を二人で落として、電気もすべて消してしまった。暗闇に慣れた目がかろうじてお互いだけを映す空間で彼が子供のようなことを言う。まるで絵本の中のセリフみたいだと笑えば、拗ねたような声が返ってくる。キスをしたり、指を絡めたり、抱き着いたり、抱き着かれたり、抱きしめたり。じゃれ合いながら時間が止まるのを待っているこの空間で、滑稽なのは私達だけで 時計の針の音に聞こえないふりをしていることこそが、私達の罪だ。

「准くんは あったかいね」
「そうか?」
「うん。おひさまみたいに眩しくて、あったかいの」

でもそれは、私だけのものじゃないから。と、続けようとした言葉が体内に残り、消化されずに気持ちの悪さだけを残して循環していく。みんなの、ヒーロー。私の、私だけの、ではない。何度も理解できずに零れた言葉を、今になってようやく理解する。「元気でいようね」 絞りだした言葉がこれだ。准くんは何も言わない。いくつかの沈黙の後に、緩く笑っただけだった。それが彼の答えだろう。

「俺はなまえの恋人だ。ヒーローなんかじゃ、ない」
「………ありがとう」
「ずっとだ。ずっと、恋人だ。忘れたりなんてしない」
「う、ん。わたしも」

もしも、私がボーダーの人間だったら。准くんと同じ立場だったら。そうしたら偉い人達は私達を認めてくれたのだろうか。三門に生まれていなかったら、もっと早くに出会っていられたら、同じ中学校に通っていれば。この一週間何度も考えたもしもが止まらない。きっとどの選択をしたって、こうなることは避けられない運命にあっただろう。

「ずるいなあ」
届くか届かないかの音量で、小さくつぶやく。
「准くんは 私がいなくても生きていくんだもん。ずるいよ、ずるい…」
「なまえ、」
「わたしにはできない。だから准くんがえらんでね」

それだけ言って目を閉じる。目を閉じているのに、涙が滴る。眠れてしまえたら良かったのに。このままふたりでずっと、目を覚まさなければ良いのに。おふとんの中でずうっと一緒に暮らすことができたらいいのに。准くんが、息をしている音がする。生きている音がする。きっと、空が明るくなるころに准くんは隣にいなくて、この暖かさはもう消えていて、不自然な人一人分の空間が私を殺すんだ。そして、ようやくそれを飲み込んだ頃に テレビから流れてくる映像で准くんを見て、また死ぬの。そうして何度も何度も繰り返しながら、私は生きていくのだろう。彼のいない世界を。ひとりで。

心配しなくてもみなさんが思うような結末にはさせません。そう、それがすべて。私の出した答え。だから、どうか、お願いね。だいすきよ、准くん。



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