あの日から鳴りっぱなしのスマートフォンを見やっては溜息が出る。友人からの心配の連絡も、そんなに仲良くないような人からの好奇心の連絡も、今はうんざりしてしまっていた。雑誌やテレビで取り上げられない日がない程に見る「ボーダー嵐山 熱愛」の文字に吐き気がする。芸能人じゃあるまいし、熱愛がなんだっていうんだ。と、誰にも言えない私が嫌いだった。

大学の授業終わり、未だ仕事をしている准くんを待つ時間つぶしで公園のベンチにひとり座る。懐かしいなあ、と思いながら先程自販機で買った飲み物に口を付けスマートフォンを開く。彼からのふきだしが届いていないことに少し悲しさを覚えながら、お仕事中だし、と納得させて空を見上げる。清々しい良い天気の青空は、准くんの笑顔に似ている。おおらかで、眩しい。この公園は、私と准くんが初めて出会った場所だった。

丁度秋の終わりくらい。その時付き合っていた人に振られて、行く宛てもなくふらふらとしていた時に犬の散歩をしていた准くんに会った。あの時の准くんはまだボーダーじゃないどころか中学生で、かくいう私も同じ中学生だった頃だ。違う中学に通う1年生の見知らぬ男の子は、私の泣き腫らした酷い顔を見て駆け寄ってきてくれたのだ。すぐそばにある水道でハンカチを濡らし、私の目元にそっとあてて彼は何も言わず、私の前に立っていた。お利口さんに座った犬が尻尾を振りながら私達を見守る。何か言わなければ、と思えば思うほど言葉が出ない。ハンカチを受け取り、ありがとうと言ったのは彼が傍に来てくれてから随分経った頃だった。

結局その日は日が暮れてしまい、もう遅いから、と彼を家に帰そうとしたところを逆に家まで送ってもらい終わった。後日ハンカチを返すために彼の着ていた制服の中学校まで出向いたのはなんとも懐かしい。あの頃は准くんと付き合うだなんて想像もつかなかったし、彼がボーダーに入ってみんなのヒーローになることすら想像していなかったな。

「なまえ!すまない、待ったか?」
「うん。待ったよ。さむいなあ」

そう言って笑えば、准くんも笑った。自分の首元に巻いていたマフラーをほどき、私の首元にやさしく巻き、それから手を差し出される。その手に自分の手をそっと乗せて立ち上がる。ぽつり、ぽつり。会話をする。これから来る別れを受け入れている私と、未だに活路を探している彼のぎこちないふたりごと。それは足元で音を立てる葉にみるみるうちに吸収されていき、やがてどこにも消えてなくなる。きっと、私達の関係性も、彼の中の私も、そういう風になる。

コンビニへ寄って欲しいものを適当にカゴに入れる。今日は飲んじゃえ、と缶ビールをひとつ。准くんは頑なに未成年だから、とお酒を飲まない。そういうところが好きだと思いながらつまみやお菓子をカゴへ入れていく。准くんが気恥ずかしそうに目を逸らしながらゴムを手に取るものだから、私はついつい笑ってしまう。いつになっても慣れないね、なんて笑ってやれば顔を赤くして無言で小突かれる。少し買いすぎたかな、というレジに表示された金額を見ながら財布からお金を出せば、途中で准くんに半分出される。お会計ははんぶんこ。これは私達の暗黙のルールだった。准くんが格好つけたいときに、しばしばこのルールは破棄されるけれど。

ああ、今日で最後だなんて信じられない。信じたくない。いつまでもきみといっしょにいたい、季節を過ごしたい。これから先もずっと隣を歩いていたい。ヒーローとしてじゃない彼の隣にいたい。ヒーローとしてのきみを陰ながらに支え、応援していたい。できれば手を繋いでいたい。隣にいてほしい。

准くんは19歳だ。それも、未来にとても有望性がある。それに比べて私は成人済みで、ありふれた未来を歩く道が見える。退路を断たねばならないのはどうしたって私のほうだとわかっているはずなのに。


「なまえのつくるご飯は、おいしいなあ」
「ふふ、ありがと。准くんが食べてくれるごはんが、きっといちばんおいしいよ」

明日の朝には別れる私達の最後の晩餐は、なんてことのない私の手料理だった。

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