結局、准くんはいつも通りの多忙で 私もレポートの提出があり残された七日間の内の三日はあっという間に過ぎて行ってしまった。日々過ぎていく時間にじりじりと燃えるような焦りを感じながら、それでも時計は止まってなどくれなかった。歩く足は自然と早まり最早駆け足になっていく。はやくあいたい、はやくあいたい。それだけが私を動かしていて気が付けばボーダー本部が目の前にあった。 学校帰りの女子高生やカメラを持った恐らくテレビや雑誌の関係者がちらほら見えて溜息がでる。准くんはもう隠さなくても良いだろうと言ったけれど、こればっかりはなんともなあ。ぐっと拳を握りしめて深呼吸をし、顔を上げて、凛とした表情で、玄関に近づく。大丈夫。だいじょうぶ。だってこれは准くんがかけてくれた魔法なのだから。

「ねえ、あれ…嵐山さんの」

ひそひそ聞こえる話し声と、シャッターを切る音。できるだけ目をやらないように、気にしないようにして扉の前に立つ。腕時計で時刻を確認すれば、もう来ていてもおかしくない時間であった。

彼はヒーローだ。わかっている。市民の味方嵐山隊。みんなのヒーロー嵐山隊。わかっている、わかっているけれど、

「なまえ!遅くなってすまない」
「ううん、いまきたの」
「そうか 今日は喫茶店だったか?」
「私のね、すきなお店。どうしても准くんと行きたくて」
「…嬉しいぞ」
「知ってる」

ぽつぽつ、笑いながら話は続く。准くんの姿が見えた途端に先程までのぐちゃぐちゃとした思考はどこかへほっぽり投げられたようだ。准くんがまるで見せつけるように手を繋いできたのでゆっくり顔を覗き込めば彼はいたずらに笑った。みんながしらない、彼の笑顔に胸がずきずきと痛む。でもそれは苦しいものではなかった。



もう二時間くらいは居座ってしまっているのだろうか。店主さんのお言葉に甘えて、時折紅茶をおかわりしたりケーキを食べたりしながら今までのことをふたりで思い返していた。フレーバーティーが売りのこじんまりとしたレトロな雰囲気のゆるやかな空間。どの話も懐かしくて、温かくて、とても二時間なんかじゃ足りそうにはない。ごくり 甘くて苦くて少し酸っぱい杏の味がじんわり広がって、ふわっとした匂いが体全体に染み渡る。簡単に言えば、おいしい。准くんもここを随分と気に入ってくれたようで何気なく「またこよう」と言ってくれた。馬鹿だな、「また」なんて私達には存在しないのに。

准くんが頼んだのはレモンティーだった。紅茶のことはよくわからないから選んでくれないか、と言われたけれど私はそれをやんわりと断った。どれを頼んでもおいしいのは確実だったし、それになにより彼は私から離れなくてはならないからだ。それは当然逆も然り、というわけであって。こうして少しずつ離れる準備をしていかなければいけない。少しでもその時に痛みが和らぐように予防線を張り巡らせなくては。…本当は准くんにはグレープフルーツティーを飲んでほしかったし、別れが決まっていなければそうしていただろう。けれど私が選ぶものと准くんが選ぶものが違うのは普通で、それが無性に悲しい。准くんはきっとあのなんともいえないほろ苦さと甘酸っぱさ、それでいてどこか輝かしさを感じさせる味と匂いが気に入ると思ったのだ。でもそれは私の杞憂にしかすぎないだろう。現に准くんはレモンティーを選んだのだし、今度来たときはこれを飲んでみたいな、と指さしたのはキャラメルティーだった。別に悪いことなどひとつもなく、可笑しいこともひとつもない。可笑しいのは私の胸の内に溜まっていくもやもやとしたものだけだ。

「ん? なまえ、はちみつをいれるのか」
「准くんのにね。 レモンティーとはちみつはよく合うし、ここのはちみつとっても良い匂いがするんだよ」

店主さんがいつももってきてくれるはちみつをレモンティーのなかに少し垂らせば准くんは目を輝かせた。マドラーでくるくる掻き混ぜながらすん、と鼻をすすり匂いを嗅ぐ姿は正直言ってものすごくかわいい。ティーカップを口につけて、味と匂いを堪能しながらゆっくり身体に取り込んでいく姿をじっと見つめる。…うん、やっぱり准くんも気に入ってくれると思ったんだ。ここの紅茶は本当にすっごくおいしいから。

店主さんにあらかじめ用意しておいたお手紙を渡してからお会計をして外に出る。ねえ准くん、あなたが言う「また」に私がいないことを、あなたはきっとあえなくなってから理解するのでしょうね。

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