ひとつ深呼吸をしてからノックを三回、コンコンコン。それから少しして「はい、今開けますね」と柔らかな女の人の声。目の前のドアは呆気なく開いて、その先には可愛らしい笑顔の女の子がいた。きっと准くんがよく言う綾辻ちゃんだろう。どうぞと促された先には目をまあるく見開いた准くんとおとなしそうな男の子と元気そうな男の子、それから凛とした女の子がいた。どの子もすぐに名前が浮かんできて、なんだか初めて会うなんて嘘みたいだった。未だ一言も発しない准くんに手を振れば彼はハッとしたように私を見つめる。数秒して、随分と悲しそうな表情をするものだからなんだか私まで悲しくなった。…ごめんね、准くん。

「嵐山さん、私達はあがりますね。お先に失礼します」

ぺこり、私にもお礼をしてからぞろぞろと部屋から出ていってしまった。(おそらく)充くんが准くんに何かを耳打ちして、私には「お菓子は自由に食べてください」と言った。礼儀正しい子だなあなんて感心していれば不意に腕を引かれてソファーに沈み込む。すぐそばに准くんの体温があって、それすらも悲しく思えてきた。何を言うか整理しているであろう准くんを待つついでにお菓子をつまむ。…時間が止まれば良いのにとこんなに願ったことはないだろう。准くんと一緒にいられるのはあと一週間だ。

「誰に呼ばれて来たんだ?ここまではどうやって?…上に、なにか言われなかったか」
「奈良坂くん?に、バイト終わりに出待ちされてたみたい。ここまでは忍田さんが連れてきてくれたよ。さっき上層部の人達とおはなししてきたの」

准くんが怒る表情なんていつぶりに見ただろう。怒りと悲しみと困惑が入り交じった彼はまた考え込んでしまう。いつも笑顔のヒーローがこんな顔をするなんて、私しか知らないんだろうな。
城戸さんはできるだけ早いほうが良いと言ったけれど、どうやらそれは無理そうだ。まず准くんを説得するところから始めなくちゃいけない。これだけで一週間以上かかりそうなのに、ボーダーの偉い人は随分無茶をいうものだ。准くんと別れることが准くんのためになるだなんて本当に思っているのだろうか。…いや、もしかしたらそうなのかもしれないね。ボーダーの顔で、三門市のヒーローの彼には私なんてお荷物なのかもしれない。でも、その前に准くんは、私の恋人なんだけど、なあ。
准くんはもう19歳で、子供じゃない。その准くんより二つ上の私はもっと子供じゃない。だから、世の中が仕方のないことで溢れているのはわかっている。その仕方ないのうちに私たちの関係が含まれてしまったのはとても不幸なことだと思うけれど、それもやっぱり仕方ないことなのだ。世界は自分が思っているより甘くないことを私は知っているし、准くんだって知っている。正直に駄々をこねられる幼かったあの頃に私達は決して戻れないのだ。

「一週間だって」
「…なんで、」
「何して過ごそうかなあ。准くん、おやすみとれそう?」
「っ、なんでなまえは平気でいられるんだ!」

声を荒らげて私をまっすぐ見つめる准くんをしっかりと見つめて、苦笑する。平気なわけないじゃない。本当は今すぐにでも泣き出して喚いて縋ってふたりで逃げ出したいくらいだよ。でも私のわがままで准くんの人生が壊れるのは嫌なの。だって私はその責任を取ることができない。言うなれば自己満足で、自己防衛。でもね准くん、この汚い気持ちの底にあるすきって気持ちは本物だよ。私がもっと子供だったらなにも考えずにあなたとずっといっしょにいたいって言えるのにね。それに、ここで私までボーダーに反抗してしまったら困るのは准くんの方なんだよ。みんなの嵐山さんは、誰かひとりの恋人でいることを許されないの。ああ、なんて、理不尽な世界。
大人になりきれない幼い子供の准くんに、私が正しい道をつくってあげなくちゃ。でも、一週間は、子供でいても良いんだよね?

:

「…! すまない。平気なわけがないよな。本当に申し訳ない」
「だいじょうふだよ。あのね准くん、」

そう言ってなまえは上層部と話したことを俺に教えてくれた。だいじょうぶと言った彼女の顔があんまりに悲しそうで俺は一時の感情に身を任せ声を荒らげたことを酷く後悔する。平気なわけがあるものか。なまえは俺の恋人なのに、俺がわかってやらなくてどうするのだろう。ゆっくり深呼吸をして自分を落ち着かせ、彼女の話に集中する。いつかこうなることはわかっていてそれでも逃げ続けたふたりは、もう。

「…バイト、できるだけ休めるように頼んでみるね。大学も少しくらいさぼっちゃおうかな」
「それは………いや、そうだな。俺もなんとかならないか頼んでみるよ」

スケジュール帳を頭の中で思い浮かべて溜息を吐きそうになるのをなんとかおさえる。まず隊員に謝って、それから綾辻に調整してもらおう。なまえが言った一週間、その間に俺は覚悟を決めなければならないのかと思えば下腹部が苦しくなる。わかっているんだ、どうにもならないことくらい。

「今日はうちで飯食っていかないか?」
「でも、いいの?」
「ああ。副も佐補も、母さんも父さんも喜ぶよ」
「わんこにもあいたいなあ」

そう呟いたなまえの目は既についこの間までの輝きを失っていて、罪悪感だけが積もった。これから7日間、俺はどうしたら良いのだろうか。

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