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井戸から水を汲み上げると、中身を零さないようにゆっくりと桶を地面に置いた。
ちゃぷん、と揺れる水面を見て溜息をついた。

どうして私がこんなこと…。

もやもやとした鬱憤が溜まっても、人里離れたこの土地では仲の良い同期たちに会うこともできなければ、話を聞いてもらうこともできない。
勿論、今の状況でそんな呑気なことを考えるべきじゃないのはわかっている。
けれど、自分が新リヴァイ班の一員として選ばれたことがどうしても納得できないのだ。

104期生の中でもどちらかといえば劣等生で、卒業だってぎりぎりだった。
そんな自分が何故調査兵を所属兵科に選んだのかと問われると、それは間違いなくあの死に急ぎ野郎に感化されたわけで。新リヴァイ班のメンバーと動機は同じだった。

けれど、他のみんなは成績上位10名に入っていて実力が違う。
そんな彼らとウトガルド城から同じ任務に着くようになり、気がつけばこんな人里離れた小屋で水汲みなんてやってるのだ。

桶を持とうとして一度中腰になる。そのまま持ち上げようとしたが、逆にストンとしゃがみ込んでしまった。

大して役にも立っていないのにどうして自分なんかが、と毎日のように思ってしまう。

駄目だ。どんどん弱気になって悪い方へと考えてしまう。
取っ手を持つ手に顎を乗せて、本日何度目になるかわからない溜息をついた。

「name?大丈夫?」

後ろから声がしたので振り返ると、いつのまにかアルミンがすぐそばまで歩いてきていた。
リヴァイ兵長じゃなくて良かったと内心冷や汗をかく。

「遅いから心配になって見に来たんだけど…もしかして、サボってた?」
「まっさかあ!ちょっとくらっときて休んでただけだよ」
「…本当に?」
「……ごめん、兵長には言わないで」

そうです、絶賛おさぼり中でした。
頬を掻くnameを見てアルミンは「やっぱりね」と苦笑した。
どうしてわかるんだろう?
そういえば、何故だか訓練兵時代からサボっているときはアルミンに声を掛けられることが多かった。
その頃はキース教官には言わないで、ってよくお願いしてたっけ。そんなに前のことじゃないのになんだか懐かしい。

「アルミン、私のことすぐ見つけるよね。なんで?」
「ええっ!?なんで、って言われても…」
「…ま、いっか。アルミンなら誰にも言わないもんね」
「うん…name、ウトガルド城のあとから元気ないみたいだけど、大丈夫?」
「えっ…」

的確なところを聞かれて言葉に詰まる。
なんでそんなことまでわかる?
顔に出ていただろうか。

「私は、みんなと違うもん」
「え?」
「みんな成績上位生ばかりで、なんで私が新リヴァイ班に選ばれたのかわからないよ」
「name…僕だって成績上位には入ってないよ。でも、選ばれたからにはエレンを守るために戦わなくちゃいけないって思ってる」
「……アルミンは座学トップじゃない」

膝に顔を押し当てて、溢れそうな涙を堪える。
ああ、もう嫌だ。また卑屈な自分になっていく。
こんな八つ当たりみたいなことをアルミンに言っても仕方ないのに。
調査兵を選んだくせに、いざ巨人を見るといつも後悔する。怖くて怖くて足がすくみそうになる。自分なんて兵士になるんじゃなかったって思いながら戦ってる。

「nameだって、座学は上位だったじゃない。それに…」
「…?」
「訓練の頃と違って、実戦でのnameは凄く強い。討伐数だってこの班の中じゃミカサの次だったはずだよ」
「え…そうなの?」

アルミンの言葉にそろりと顔を上げる。
よほど情けない顔をしているのか、アルミンが子供をあやすみたいに眉を下げて笑った。

「自分の討伐数、数えてなかったの?」
「う、うん…いつも必死でそれどころじゃなくて」
「そっか。でも、戦ってるときのnameは本当に判断が早くて僕も見習わなきゃって思ってるよ」
「アルミン…どうしてそんなに私のこと気づいてくれるの?」
「えっ…いや、それは…えっと」

何気なく聞いた質問に、アルミンは言葉を詰まらせた。なんだか目が泳いでいる。
そんなに深い意味はなかったんだけどな。
けれど、そんなアルミンの様子がおかしくて少し笑ってしまった。

「え、name…?」
「ごめん、なんでもないの…アルミンに話聞いてもらって少し元気でたよ。ありがとうね」
「そっか、よかった」
「そろそろ戻らないとね」

勢いよく桶を持って立ち上がろうとしたときだった。
まず、桶がとても重かったのを忘れていたこと。そして、暫くしゃがんでいたせいで脚が痺れていたため、バランスを崩してしまった。
足がよろめいて後ろに倒れる───。

「危ない!」

アルミンの声と同時に体を縮こませて受け身の体勢をとる。
そのまま倒れ込んだが、背中にくるはずの衝撃は思ったより強くなくて、代わりに冷たい水が降りかかる。髪から上半身までびしょ濡れになったみたいだ。

せっかく意気込んで立ち上がろうとしたというのに、恥ずかしい。
ダサいなあ…と内心溜息をつきながらゆっくりと目を開けた。

「っ!?」

目の前にあったのは透き通った群青色の瞳。
さらさらの金髪は水に濡れて滴っている。
すぐそばにアルミンの顔があった。

「な、な、な…!!」
「ご、ごめん…手を貸そうとしたら桶を蹴っちゃって。背中大丈夫?」
「せ、せなか?」

背中に意識を向けると、何か差し込まれている。それはアルミンの手で、咄嗟にクッションになるように抱えてくれたようだった。
彼はゆっくりと手を引き抜くとnameの顔の横にその手を置いた。

「あ、アルミン…?」

アルミンの大きな瞳が揺れている。
よく見ると彼の顔も水に滴っていて、時々雫がnameの顔に落ちる。
濡れたシャツからしなやかな筋肉のついた肌が透けて見えた。
あれ、アルミンってこんなに逞しい体つきだったの…?

間近でそれらを見ていると心臓が煩くなってくる。目を逸らしたいのに、彼の眼がそれを許してくれない。

「name…どうして僕が君のことをすぐに見つけられるのか、討伐数まで覚えているのか、知りたい?」
「え…」

アルミンが目を細めて、唇を僅かに開けて息を吐いた。
その表情はこれまでに見たことがないくらい色っぽいもので、nameの心臓を鷲掴む。
少年ではない、男の顔だった。

「それは、僕が君のこと」

アルミンの顔が近づいてくる。
息が顔にかかって、唇が、触れる───。

「っ…ごめんっ!!」

触れる直前で、アルミンの胸板を強く押した。
ぐっと押された彼と自分との間に距離ができたので、そこから体を逸らして抜け出した。
アルミンの目を見れない。
だって、今の自分は、多分とてつもなく恥ずかしい顔をしているから。

「わ、わたし戻るね!」
「あ…name!」

アルミンが静止の声を掛けてきたけど、足を止めずに小屋まで戻った。

(なんで、なんでなんであんな…!)

乱暴にドアを閉めたせいで、中にいたメンバーが一斉にこちらを見た。
みんな驚いた顔をしている。

「おい、name!お前なんて格好で入ってきてるんだよ!床も泥まみれになってるしこんなのリヴァイ兵長に見られ───」
「name、びしょ濡れじゃない。大丈夫?」

小姑のようにまくし立てるエレンの言葉を遮って、ミカサが近寄ってきた。

「う、うん。大丈夫」
「顔が真っ赤。風邪?」
「そんな格好してるからだろ」
「遅いから心配してたの…アルミンは?」
「!!し、知らない!」

「アルミン」の名前に過剰反応してしまった。
走ってシャワー室まで行って鍵を閉める。
外でエレンがまた煩く言ってるけど、もう放っておこう。今はそれどころじゃない。

「あっ…」

何気なく見た鏡には茹でだこみたいに顔を真っ赤にした自分が映っていた。
そろりと自身の唇に触れる。

あの時、とてもドキドキしてしまった。
アルミンが見たこともない顔をしていたから。
それに───。

『それは、僕が君のこと』

「…あああ!もう!」

思い返すとまた顔が熱くなる。
その言葉の先を聞くのが怖くて逃げ出したというのに、どうしてこんなにも心臓は煩い。
そして何より不可解なのは、近づいてくる彼の唇を受け入れてしまってもいいと、一瞬でも思ってしまったこと。
本当はあのまま、うっとりとした気分で口付けしてしまいたかった。

「なんでよ…今まで、意識したこともなかったのに」

nameはそれからシャワー室にこもって、自分の心に芽生えた感情と自問自答を繰り返すのであった。

もしかして、この感情は。





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