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「#幼馴染」のBL小説を読む
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兵団に来た頃、一度だけ足を運んだ古城。
森を抜けた先にある湖は澄んだブルーで、穏やかな水面は陽の光を受けてきらきらと輝いている。
満月の夜が幻想的な空間ならば、あたたかな昼は優しい湖畔だった。

草花の生い茂る地面に座ってnameは目を閉じた。肩のあたりで綺麗に切り揃えられた黒髪が風で揺れる。
初夏の香りを感じていれば、不意に後ろから抱きすくめられた。



17 誓いの誓い



6月初頭。nameは21歳になっていた。
折角だからいい店でディナーでも、とリヴァイは誘ったが、彼女は笑って首を振った。
贅沢は身に余るし、緊張する場で食事をするよりは二人の部屋でいつも通り過ごしたかった。
ならばどこか行きたいところはないのかと聞かれたので、思案した結果、この湖へと連れてきてもらったのだ。

座るnameの後ろに腰を下ろしたリヴァイは、自分の両足の間に彼女を閉じ込めてそっと抱きしめた。
彼に体重を預けてnameは微笑む。

「気持ちいいね」

地下にいた頃はこんな心地いい風を感じることはできなかった。
それだけで充分な誕生日だと思った。


「name、渡したいものがある」


その言葉にnameはくるりと振り返って、体を彼に向ける。
リヴァイは鞄から白い箱を取り出した。
それは赤いリボンでラッピングされたプレゼントボックス。可愛らしい箱とリヴァイの組み合わせが何だかミスマッチで、思わず笑ってしまった。

「お前今、似合わねえって思っただろ」
「お、思ってない思ってない」

手を振って否定するけれど、正直者の口元は笑ってしまっている。

「このやろう…やらねえぞ」
「うそうそ!ごめんなさい!」

おかしそうに笑いながらnameは手を伸ばすが、それが届かないようにリヴァイは箱を上へと持ち上げた。
更に手を伸ばして追うけれど、ひょいひょいと箱は届かないところへ逃げる。
段々その追いかけっこにムキになってきた彼女の顔は必死なものになり、それが逆に間抜けに思えたリヴァイは喉を鳴らして笑った。

「いい間抜け面だな」

箱を追うことに夢中になっていたnameは、彼の一言にはたと目を丸くする。
動きが止まった彼女の唇にリップ音を響かせてキスを送ると、リヴァイは意地悪く口角を上げた。
彼の不意打ちにnameは頬を染める。
何度とキスをしてるというのに気恥ずかしくなるのは、彼のシニカルな笑みがいつも格好いいせいだ。

彼女の反応に満足したのか、リヴァイは箱を手渡した。

「開けてみろ」

そう促されたnameは真紅のリボンを引き、ふわりと解く。
蓋を開けて目に入ったそれに思わず感嘆の声を上げた。

「わあ…!」

それは、長方形の小物入れだった。
仄かな赤銅色は優しく輝き、四方には繊細な装飾が施されている。
蓋の中央部にある丸い取っ手を試しに引いてみるが、蓋は持ち上がらない。不思議に思って首を傾げると側面には鍵穴があり、プレゼントの箱には付属品の鍵が入っていた。

「大事なものや人に見られちゃ困るもんはそこに入れておけ」

元の世界から持ってきた鞄やその中身を、nameは今でも大切に持っている。
鞄にはイザベルの髪紐も入れてあり、彼女は大切なものはその鞄にしまうことにしているらしかった。
元の世界のものだとしても、彼女が大切にしているのなら無下にするつもりはない。
ただ、他人の目に触れてしまうことだけは避けてほしかった。彼女を守るために、元の世界のことは誰にも知られるわけにはいかない。

「しまったら施錠を忘れるな。それと、鍵は盗まれないようにしろよ」
「さ、流石にもう盗まれないよ」
「どうだかな」
「宝石はリヴァイにもらったものしかないし…盗まれるようなものはないと思うんだけど」

ううんと唸りながらnameは首元の石を触った。
去年の誕生日に貰ったムーンストーンは特別な日には必ず身につけるようにしている。
けれど、彼女が持つアクセサリーはそれ一つだけで、街に出かけたとしても他のものを欲しがる素振りは見せない。
何となく疑問に思ったリヴァイは尋ねる。

「お前の世界ではそういったものはあまり付けないのか?」

そう言いながらリヴァイは彼女の首元を指した。
nameは笑って首を振る。

「そんなことないよ、私があまり付ける習慣がないだけ。私の世界だとお洒落でピアスやネックレスは付けるし…結婚している人だと、指輪を付けてることが多いかな」
「指輪?」
「うん、結婚指輪。家事や仕事の邪魔にならないようなシンプルなデザインのものを左の薬指につけるの」

自身の薬指を撫でながらnameは微笑む。
リヴァイはその細い指をじっと見つめ、疑問を口にする。


「何故左の薬指なんだ?」
「……人間の心臓は左にあるでしょう?左手の薬指は心臓に繋がる血管があると信じられていたから、相手の心を掴んで誓いをより強くするという意味があるの」


彼女が一瞬言い淀んだのは、リヴァイが"心臓を捧げる"兵士だからかもしれない。
その覚悟の元に戦う彼に、この逸話はあまりに稚拙に聞こえてしまう気がした。


「それが婚姻の証なのか」


確かめるようにリヴァイは呟く。
彼の声色が変わった気がして、nameはそろりと顔を上げた。

「……!」

真っ直ぐに見つめてくる深い灰の眼が、射抜くように光って見えてどきりとした。
口を閉ざしていながらも何かを伝えんとする彼の雰囲気は意味深で、けれど、その心情は読めない。
ただ、最近の彼が向けてくるこの眼には気づいていた。
あの夜会に参加した晩から度々、彼は憂いの色を普段は鋭い双眸に滲ませ、切なげに揺らすのだ。

沈黙の中で見つめ合いながら息を詰まらせる。
風が吹けば互いの黒髪が揺れ、同じように日差しを受けて光った。


「name」


リヴァイはいつもの抑揚のない声で彼女を呼ぶ。薄い唇は何か言いたげに少し開き、次の言葉を発しようとするけれど、躊躇うように噤まれた。

また、風が吹く。
初夏の香りは青く爽やかなのに、どこかノスタルジックで。
穏やかで優しい時間に胸が締めつけられる。
リヴァイはそっと彼女の手を取ると、眼を伏せ、誓いの薬指に唇を落とした。
その行動にnameはやっぱり言葉を発せず、見張った瞳に彼を映す。とくんとくんと、心音が刻まれる。
彼女の薬指から心臓の高鳴りを感じた気がして、結婚指輪の逸話は案外迷信ではないのかもしれないと、リヴァイはらしくないことを思った。

いつか、必ずここに───。

彼女を欲して止まない心は未だ彼を支配し、日々大きくなるばかり。
充分すぎるほど幸せな関係である筈なのに、もっと確かで深い繋がりを求めている。

この口付けは誓いの"誓い"だ。

視線を上げたリヴァイは予想通りの顔をしているnameを見て、珍しく苦しげな表情で笑んだ。
そして、誤魔化すように呟く。


「……なんでもねえよ」



chapter04 END



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