×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




あと10秒…3、2、1。
日付が変わり、年を跨ぐ。
年号は845年へと変わった。
グラスを掲げた兵士達は男も女も関係なく、声高らかに叫ぶ。

「乾杯!」

ジョッキグラスのぶつかり合う音に零れるビール、そして愉快な笑い声。
勇敢な調査兵達もこの瞬間だけはただの人となり、迎えた新年を祝うのだった。



13 新たな年と彼の懸念



普段ならば深夜の食堂は閑散としていて、少し不気味な雰囲気さえも感じさせる。
しかし、今宵は大勢の兵士達の愉快などよめきとアルコールの匂いで充満していた。

たかが外れたように騒ぐ兵士達に圧倒されているnameのグラスが軽快な音を立てた。
横を見ればリヴァイが軽くグラス掲げており、彼女のものを鳴らしたようだった。
ワンテンポ遅れてnameも軽くグラスを掲げると、残り僅かのビールを飲み下した。

「新年早々、間抜け面を晒していたぞ」
「なんか圧倒されちゃって…地上の新年のお祝いは派手だね」
「何かにつけて騒ぎたいだけだろう。呑気なもんだ」

その台詞に、去年の年越しを思い出す。
繁華街に行きたがったnameとファーランについてきたリヴァイが、雑踏へ向けて吐いた台詞と同じだった。
あれからもう1年経ったのかと、懐古的な気分になる。

「地下での年越しは何か違うのか?」

リヴァイの向かいに座っているエルヴィンは、ボトルのビールをnameの空いたグラスに注いだ。
彼女は意味もなく立ち上がると、恐縮そうな声を漏らした。
目上の人間に注がせてしまった故の行動だろう。

「気を遣わなくていい。今夜は無礼講だ。nameも折角参加したのだから、存分に楽しむといい」
「エルヴィンさん、お気遣いありがとうございます。大丈夫、ちゃんと楽しんでますよ」

兵団に属する者は年の瀬から新年にかけて、故郷の田舎へ帰ることも少なくない。
nameの厨房仲間もその例に漏れず、料理長のロッティを初め、皆続々と帰省した。
そうした帰省をしない面々だけが、この兵士達の年越し飲み会に参加できる。
今年の参加者はnameを含めて数人しかおらず、兵士でない彼女がやや肩身狭そうにしていたため、エルヴィンは敢えて声をかけたのだった。

「別に変わらねえよ。地下だろうが地上だろうが、飲んで騒ぐ奴ばかりだ」

先のエルヴィンの質問に、リヴァイがぶっきらぼうに答えた。

「お前もたまにはハメを外したらどうだ、リヴァイ。向こうにいるのはお前の班員達だろう?親睦を深めるために盃を交わすことも重要だぞ」
「壁外調査を控えたこのタイミングで班の再編成などと提案してきた奴がよく言いやがる。俺は別に仲良しごっこをするつもりはねえよ」
「お前の班から欠員が出てしまったのだから再編成は仕方あるまい。彼女はあの細身でなかなか優秀な兵士だった。その穴を埋めるために班員の移動は不可欠だ」
「フン…」

エルヴィンの指す彼女とは、クライン・ゲールのことである。
あの騒動のあと、リヴァイ班を外れることが正式に決定した彼女は程なくして兵団を去った。

原因は班から外されたショックというよりは、周りからの好奇の目だったようだ。
どこから情報が漏れたのか、彼女の行いは噂話となって兵団中に広まった。
同性から軽蔑の眼差しを向けられ、異性から邪な目で見られ続けるのが耐えられなかったのだろう。
退団の申し出を受けたシャーディス団長はしつこく彼女を引き止めることはせず、それを受理したという。

被害を受けた側であるはずなのに、nameにはこの結末はあまりに後味が悪く感じられた。

気分を変えたくてグラスに注がれたビールを高く煽る。炭酸は好きだが、この後味の苦さは気分転換には適してないような気がした。
彼女のペースの早さが心配になったリヴァイは、そのグラスに手を伸ばそうとする。

「おいname、あまり飲みすぎるな…」
「いやー、nameってばいい飲みっぷりだね!」
「ハンジさん!」

すっかり酔いが回ってご機嫌に歩いてきたハンジが、背後からnameとリヴァイの間に割って入った。

「あれ、リヴァイもいるじゃないか!飲みの席でも隣同士なんて相変わらず仲がいいんだね」
「お前は相変わらずのうざさだな、クソメガネ」

リヴァイの悪態にもハンジは慣れた様子で笑って流した。

「ところでname、リヴァイの誕生日は無事過ごせたみたいだね?彼が訓練でマフラーを付けるようになったからわかったよ。私も微力ながら役に立てて嬉しいなあ」
「うわ!ハンジさんそれはリヴァイの前では…」
「ああ?それはどういうことだ」
「マフラーの毛糸を買うための同行にうちのモブリットが協力させてもらったんだよ。彼女を1人で出歩かせるのは危険だからね」

ね?と笑いかけてくるハンジのすぐ奥で、黒いオーラを放つリヴァイがこちらを睨みつけている。
この件に関しては彼には内緒にしていたし、この先もわざわざ話すつもりはなかったのだが…まさかこんな形で知られてしまうことになるとは。
たらたらと冷や汗をかきながらnameは上半身だけで後ずさる。

「そりゃ初耳だな…おいname、俺が同行する時以外は街へ行くなと言ったはずだが?」
「いや、それはその…!」
「リヴァイ、そんなに怒らなくても。何事もなく無事だったんだからいいじゃないのさ」
「てめえは黙ってろクソメガネ」
「おー怖い怖い。そうだname、よかったら向こうで一緒に飲まないかい?おいっしいワインがあるんだ」

言うなりハンジはnameの腕を掴んで立たせようとする。
nameは一瞬躊躇ったが、リヴァイの顔があまりにも怖く、視線が痛いほど突き刺さるので、これはいい機会と思って一度逃げることにした。

「あはは…じゃあ、少しだけご馳走になりますね」
「おい、逃げるな」

リヴァイがnameの腕を掴むより早く、ハンジは彼女を立たせた。

「いいじゃないか、たまには彼女を貸してよ。それでこの間の扉の件はチャラにするからさ」

ハンジはウインクをして確信的に笑った。
蹴破った扉の件を持ち出され、言い返せないリヴァイは押し黙る。
その隙にハンジはnameを別の席へと連れ去ってしまった。

「ちっ…勝手なことしやがって」

リヴァイは舌打ちをしてグラスを煽る。
炭酸の抜けかけたビールを飲み干すと、やや乱暴に置いた。

「随分と過保護なんだな」

エルヴィンは一連の流れを愉快そうに眺めて酒を飲んでいた。

「だか、外出まで制限するのではあまりにnameが窮屈ではないか?」
「うるせえ、そんなことはわかってる。だが、あいつの場合それも仕方がねえ」
「東洋人の可能性か」
「!」
「ハンジから話は聞いている」

あのクソメガネはまた余計なことを。
左斜め前のテーブルで飲んでいるハンジを睨む。
彼女に注がれたワインを一口飲んで、nameはその大人の味に感動しているようだった。
さっきより顔が赤くなっているのが気になる。

「だが、東洋人だとわかったのは兵団に入ってからだろう?地下にいる間も1人での外出は禁じていたようだが、そこまで徹底する必要があったのか?」
「あいつが地下で1人歩きなんてすりゃあ一瞬で男共の餌だ」
「生まれも育ちも地下であればそこでの生き方は心得ていると思うが。彼女の出生が本当に地下なのか疑問に思うところだな」
「…エルヴィン、てめえは人の女のことをあれこれ嗅ぎ回る趣味を持つ変態野郎だったのか?これ以上あいつのことを聞くなら俺は帰る」

リヴァイの牽制に臆した様子もなく、エルヴィンは彼のグラスにビールを注いだ。
これがこのボトルの最後の一杯らしい。

「彼女のことになるとやけにムキになるな。彼女のどこに、そこまで惚れ込んでいるんだ?」
「…てめえは人の話を聞いていなかったのか?」
「無礼講だ。もう出生については聞かない。だが、惚気話くらいなら話してもいいだろう?」
「…クラインの奴も似たようなことを聞いてきやがったな。あいつのどこを好きになっただとか。どいつもこいつも他人の色恋沙汰が気になるらしい」

地下にいた頃からこういった類の話をされることはしばしばあった。
他人の色恋沙汰に関心のないリヴァイからすれば恋人の有無を尋ねてくる無礼者の考えは理解出来なかったし、好意を寄せてるが故にそういった質問をしてくる女共が彼は至極嫌いだった。

「お前はそういう男に見えないからな」
「どういう意味だ」
「一人の女に惚れ込んで溺愛するようには見えないということだ。意外性は人の興味を引く」
「ちっ、ほっとけよ」

ちらりとnameの方を見れば、けらけらと楽しそうに笑っている。
だいぶ酔いが回って、笑い上戸の癖が出てきているらしい。そろそろ連れ帰った方がいいだろう。
立ち上がろうとするリヴァイに、エルヴィンは最後に忠告をした。

「気をつけろ。お前は彼女のことになると冷静さを欠いてしまうようだ。その深い愛情が身の破滅を生まぬようにな」
「……肝に銘じておこう」

反論することなく立ち去るリヴァイを見送りながら、エルヴィンは思った。
nameの存在はリヴァイにとって全ての支えであると同時に、破滅の種であると。

彼女がいる限り、リヴァイは迷うことなく巨人を削ぎ続け、兵士を束ねる上官へと出世の階段を上っていくことだろう。
だがもし、何かしらの理由で彼女がいなくなるようなことがあれば、どうなるか?
リヴァイは剣を捨て、兵服を捨て、何もかもを手放してしまうのではないだろうか。

賑やかな声のする後ろを振り向けば、リヴァイの怖い顔にわざとらしく怯えるハンジと、それを見ておかしそうに笑うnameの姿。
リヴァイに立たされたnameは少しふらついて、彼は咄嗟にそれを支える。
赤い顔をして笑う彼女にリヴァイは毒気を抜かれたように溜息をつき、そして、穏やかに笑った。

初めて見る彼の表情にエルヴィンは驚き、ブルーの目を微かに見開く。
ゆっくりとテーブルに向き直ると、グラスのビールを眺めながら僅かに口の端を上げた。

(俺にできるのは、そんな未来がないことを願うことくらいか)

危うさを孕んで見える彼らの関係。
けれど、ああして穏やかに笑う彼を見てしまった以上、もう何も言えることはなかった。



back