×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -




12月の下旬。
寒さは外だけに留まらず、兵舎の廊下までもがひんやりと冷たい空気で満たされている。
1階の最も奥の診察室の扉が開くと、今月二度目の診察を終えたnameが姿を現した。
彼女は外まで見送りに出てくれたアルツ医師に深々と頭を下げてお礼を言うと、腕に掛けていたコートに袖を通し始めた。
nameが普段よりめかしこんでいる気がして、アルツは少しからかい気味に声をかけた。

「もしかしてこれからデートかい?」

nameは嬉しそうに微笑む。
コートの一番上の釦が留められる直前、彼女の首元にある純白の石がきらりと光った。
その光を隠した薄茶色のコートは、淡い色が彼女によく似合っているとアルツは思った。

nameは再度頭を下げると、軽い足取りで外へと向かった。
肩掛けの袋鞄を大事そうに抱えながら。



12 一番の知らせ



寒空の下、賑わう市街地。
今日はいつもより空気が冷たく感じる気がする。

どう見ても彼とは不釣り合いな小洒落た屋台の前で、リヴァイは手の中の硬貨を軽く揺らした。
屋台の中から漂ってくる匂いは甘ったるく、それだけで胸焼けしそうだ。
店主から受け取った袋と交換で硬貨を渡し、早々に立ち去ろうとリヴァイは後ろを振り向いて、顔をひきつらせた。そこにはさっきまでなかった列ができていた。

並んでいる若い女達の横を通り抜けながら、ここのドーナツは美味しいと有名なんだと、高い声で話しているのが聞こえてきた。

(女ってのは何でこうも甘ったるいものが好きなんだ)

彼が溜息をつけば、外気との温度差で息が白く広がり、薄れて消えた。
広場の段差に腰掛けて、寒そうに手を擦り合わせているnameの元へと足早に向かう。

「ほら」

買ったばかりの袋をリヴァイはnameに手渡す。
彼女はそれを受け取ると、中から包み紙を取り出しながら礼を言った。

「わ、ありがとう。ここのドーナツ人気だから食べてみたかったんだ」
「らしいな。あそこに並んでる連中も同じようなことを言っていた」
「あれ、一個しかない…リヴァイは食べないの?」
「俺はいい。見てるだけで胸焼けする」
「でも、今日はリヴァイの…」
「つまらんことを気にするな。食べないなら没収するぞ」
「た、食べます食べます!」

リヴァイが奪うように手を伸ばしたので、彼女は慌てて包み紙からドーナツを出して一口ぱくりと食べた。
その様子がなんだか子供っぽくて、リヴァイはふっと笑った。

どうやら人気の秘密は上にかかっている特製のパウダーにあるらしい。甘くて美味だ。
nameは唇についたパウダーをぺろりと舐めとると、まだ半分以上残っているドーナツをリヴァイに差し出した。

「一口だけでもどう?」

リヴァイは目の前に差し出されたドーナツを見つめて数秒迷ったあと、包みを持つ彼女の手に右手を添えて、食べかけのドーナツを少しかじった。
咀嚼しながら目線を上げれば、少し顔を顔を赤らめたnameと眼が合った。

「甘え」

予想通りの感想にnameはやっぱり、と笑う。
彼女はドーナツを美味しそうに頬張ると、あっという間に包み紙を空にした。

「紅茶が飲みたい」
「絶対そう言うと思った」

甘々しいパウダーがまだ舌の上に残っているようで、口内をすっきりさせたい。
辺りを適当に見渡せば、丁度良さそうな喫茶店が目に入った。

「あそこで休憩していくぞ」
「うん。あ、待って」

リヴァイの口元に微かに残る白に気づいて、nameはそっと手を伸ばす。
彼の下唇を人差し指でなぞれば、さらさらとパウダーが落ちた。

不意をつかれた行動にリヴァイは思わず固まる。
頬を染めてはにかんだ彼女を見下ろしながら、今日が奇跡的に休みを取れたことを心底嬉しく思った。

12月25日。今日は彼の誕生日である。



***



休憩を終えて喫茶店を出ると、リヴァイは自然とnameの手を取り、指を絡めて繋いだ。
末端冷え性だという彼女の指先は、紅茶を飲んだお陰か思いの外温かかった。

それから2人は冬の街を歩いた。

本屋、雑貨屋、紅茶専門店など。
互いの興味が引かれるままに見て回った。
折角の誕生日、行きたい所やしたいことはないかと聞かれたリヴァイは、こうして街を歩くことを望んだ。
それはあまりに何気ない"普通のデート"だけれど、心臓を捧げる兵士の彼と、この世界の異端的存在の彼女にとっては、こんなささやかな時間こそが貴重だった。

この穏やかな時がずっと続けばいいのに。
心なしか普段より表情が和らいでいる恋人の横で、nameはそう思わずにいられなかった。



冬の太陽は隠れるのが早い。
あっという間に辺りは暗くなり、街には一つ二つと灯がつき始める。
2人は静かな場所を求めて高台へと登った。
並んで街並みを見下ろす。ぼんやりと暗い空、瞬く橙色の灯、賑やかな街の音。
その景色をリヴァイは素直に綺麗だと思ったし、少し懐かしさも感じた。

「地下の繁華街に似てるね」

同じことを思っていたらしいnameがふと呟いた。橙色の光を受けて瞳が柔らかく揺れている。
思わず彼女に触れたくなったリヴァイは手を伸ばす。
その気配に気づいたnameがこちらを向こうとした時、彼女ははっと顔を上げた。

「雪…」

同じように空を仰げば、白い、あのパウダーのような雪がはらはらと落ちてきた。
伸ばしていたリヴァイの手に雪が一つ落ち、溶けて水滴となる。
その雫をそっと握って彼は呟いた。

「そうか、これが雪か」

初めて見る降雪の景色。
何年と冬を過ごしても、天井のある地下で雪を見れることは殆どなかった。
眼下のあの街は橙から白へと染まってゆくのだろうか。

「いつもより寒いと思ったら、今日は雪だったんだね」

ふと、街の方から聞こえてきた音に耳を澄ませる。どうやらどこかの音楽隊が演奏を始めたようだ。
弦が弾かれる度に切ない旋律が奏でられる。
まさにこの冬景色にぴったりだ。

「余計に寒くなってきそうな曲だ」
「そうだね…」

nameは軽く相槌を打ちながら、大事に抱えてきた袋鞄からあるものを取り出す。
街の音楽に気を取られているリヴァイにそっと両手を伸ばし、寒そうな首にふわりと巻き付けた。

その異変に気づいたリヴァイが自身の首元を確かめるように俯くと、彼は微かに眼を見張った。
彼の首元には黒い毛糸で編まれたマフラーが巻かれていた。

「リヴァイ、お誕生日おめでとう」

彼女の形のいい唇から白い息が広がる。
白は瞬く間に消え、代わりに現れたのは花の咲いたような笑顔。

「こっそり編むの結構大変だったけど、間に合ってよかった」
「全部、自分で編んだのか?」
「うん、私の分も編もうと思ってたんだけど、流石にそれは間に合わなかった」

そう言いながらnameは彼のマフラーを綺麗に結んでいく。
リヴァイはその手を掴み止めると、結び目を解きながら目を丸くした彼女を抱き寄せた。
そして、彼女の首にもマフラーを巻く。2人分巻けたのは充分な長さがあったお陰だ。

「寒くないか」
「…大丈夫、あったかい」

顔を寄せれば互いに鼻先が冷えているのがわかる。
頬を染めたnameが静かに目を閉じると、リヴァイは触れるだけのキスを落とした。
彼女の唇はいつもより冷たいはずなのに、不思議とあたたかな熱が伝わってくる気がした。

「…そろそろ戻るぞ」
「はい。あ、マフラー…」
「兵舎につくまではお前が巻いていろ」

リヴァイは輪から頭を抜くと、nameの首にマフラーをぐるぐると巻き付けた。
再び彼女の手を取り、雪で湿った地面で滑ってしまわないように慎重に斜面を降った。



***



兵舎に着き、リヴァイに先に部屋に戻ってもらうと、nameは厨房へと向かった。
ディナーの準備をするためだ。

夕食時のため食堂は兵士達で賑わっていた。

「おやname、早いお帰りだね」
「すみませんロッティさん、厨房お借りしますね」
「ああ、そこ空けてあるから使いな。それにしても、食事ならあたしらで作っておくこともできたのに。本当に手伝わなくていいのかい?」
「これだけはどうしても自分で作りたくて。お気持ちだけ、本当にありがとうございます」

髪を軽く結い、エプロンを付けながらnameは微笑んだ。
その様子にロッティは、健気だねえと呟いた。


さあ取り掛かるぞと、手を清潔に洗いながらnameは気合を入れる。
まず鍋に水を張ると、塩を少々入れて火にかけた。
そして、戸棚から昨晩のうちに作っておいた生地を取り出す。よく寝かせておいたのでもっちりとしている。
それに打ち粉をして平たく伸ばすと、小さな正方形ができるようにカットしていく。
長方形の真ん中を捻ってリボン形にする。同じものを沢山作る。
本物のファルファッレほどお洒落ではないが、なんとか形になった。
お湯が沸騰すると、沢山のリボンを全て入れ茹で始めた。

その間に玉葱と鶏肉を刻んで炒め、途中でバターを入れる。
バターが溶けて香りが良くなってきたところで、焦げないように小麦粉を加えて更に炒める。
そこに牛乳を加え、塩胡椒を振り、弱火でことこと。これはソースになる。

牛乳に火が通る間に、隣で沸騰している鍋の中からリボンを一つ掬って味見をする。

(うん、食感も塩加減も大丈夫そう)

あとはこのソースさえ失敗しなければ仕上がるだろうと、煮立ち始めたフライパンを混ぜる。
数分後、牛乳にとろみがついてソースらしくなてきたので、湯切りしたリボンをフライパンに入れた。
混ぜ合わせ、リボンとソースがしっかり絡まったところで火を止める。

2人分の皿によそると、湯気と共に漂ってきた匂いが鼻腔を刺激した。この時点でもかなり美味しそうだ。
本来ならばここでチーズを乗せたいところだが、流石にチーズは作ることができなかった。
その工程を省略し、パン粉を乗せてオリーブオイルをかける。
温めておいた窯に皿を入れると、nameは一息ついた。

(いつ言おう)

今日の午前中に、アルツ医師に告げられたことをいつ言うべきか迷っていた。
昼のうちに言ってしまおうと思っていたのだが、何となくタイミングを逃してしまったのだ。

(聞いたらどんな顔するかな)

想像しながらほくそ笑む。
そろそろ窯の中が焼き上がったようだ。




部屋に入ると暖炉には火が灯されており、最近、軽食用に置いたばかりのテーブルは綺麗にメイクされていた。
ソファで寛いでいたらしいリヴァイは、nameの持ってきたトレーの上に被せてあるクロッシュを見て少し驚いた。

「なんだ、ものものしいな」
「そんな贅沢なものじゃないんだけど、冷めるといけないから」

リヴァイが椅子に掛けたのを確認すると、nameはクロッシュを開けた。
中から溢れた湯気と匂いが食欲をそそる。

「グラタン作ってみたよ。丁度雪も降ってきて、冬っぽくていい感じ」

"グラタン"という名称を聞いても彼にはわからない。
冷めないうちに召し上がれという言葉に促され、リヴァイはフォークを取った。
皿の中の表面はパン粉が程よく焦げてカリカリになっている。割るようにフォークを刺せば、中から熱々の湯気が立ち上がり、ホワイトソースが顔を出した。
ソースとよく絡んだ具を持ち上げると、不思議な形状をしたそれにリヴァイは首をかしげた。

「何だこれは?」
「マカロニっていうの。色々種類があるんだけど、そのリボンの形してるのが一番作りやすいからそれにしちゃった」

また目新しいものを作ったなと、感心しながらマカロニを口に運んだ。
牛乳がベースになっているのか、以前、彼女がよく作ってくれたシチューに味が似ていると思った。
けれど、シチューよりもクリーミーでコクが深く、何よりこのマカロニとの組み合わせが抜群だった。
熱々のグラタンは体を温めてくれる。
なるほど、これは確かに冬の料理だ。

「どう…?」
「美味いな、かなり。シチューより好みかもしれん」
「よかった!ジャガイモを入れればまた違った味を楽しめるから、機会がある時作ってみるね」
「ああ。…久しぶりにお前の飯を食ったな。できれば毎日食べたいものだ」
「毎日食堂で食べてるはずだけど、あれとはまた違うかな」
「全く違うな。これはお前だけの味だ」

久しぶりの2人だけの晩餐に、彼女の手料理。
舌鼓を打つリヴァイを見て、nameはほっとしたように笑った。

暫し無言でグラタンを口に運ぶ。
食事の場で言うか迷ったが、nameは思い切って例のことを口にした。

「あのね、私の足のことなんだけど」

その瞬間、ぴたりとリヴァイのフォークを持つ手が止まった。
彼は徐に顔を上げ、深い灰の眼が彼女を捉える。微かに不安の色が滲んで見えた。
nameはできるだけ安心させるように、優しい声色で言葉を紡いだ。

「もうほぼ完治だと思っていいって。今日、アルツ先生が教えてくれたの」

僅かにリヴァイの眼が見開かれて、揺れた。
固まった彼にnameは微笑みかけ、そっと頷く。
リヴァイは目線を再び皿に戻すと、食事を再開した。

「…そうか」

ただ、その一言。
呟いたことで優しい事実をやっと現実のものとして理解できた気がした。
胸の内側が温かいのは、この最高に美味い食事のお陰だけではない。
リヴァイは口元を緩め、穏やかに灰の眼を揺らすと、もう一度呟いた。

「そうか」

彼の和らいだ表情を見て、nameも目を細めて頬を綻ばせた。
この素敵な日に、もう一度あなたにこの言葉を贈りたい。

「リヴァイ、お誕生日おめでとう!」

今年も一番大切な相手に祝ってもらえたことを、彼は心から嬉しく思う。
普通のデートも、美味い食事も、手編みのマフラーも、何もかもが最高の贈り物だったが、一番は今の知らせだった。

リヴァイは窓の外へと目線を移す。
降雪のため空に星は見えないが、雲の上で輝いているであろう今は亡き2人に胸の中で報告する。

(なあ聞いてるか、お前ら)

リヴァイの目線に気づいたnameも窓の外を見やった。
しんしんと降り積もる雪が、兵団の夜を白く染めてゆく。



back