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後ろから聞こえてくる声に振り返れないのは、私に意気地が無いからだ。


リヴァイに追いつかれる直前で偶然目に入ったのはハンジの部屋。
一か八かでノブへと手を伸ばせば、扉はあっさりと開いて、nameは勢いのまま中へと逃げ込んだ。

急いで施錠をする。
カチャリと錠がかかった音と同時に、向こう側から扉が強く叩かれた。

「おい、name!」



11 優しい諦め



nameが鍵をなくしたことに気づいたのは、作ったスープを部屋に持って行った時。
いつも入れてあるはずのポケットからなくなっていた。
落としたのかと焦り、どうするべきかと思考を巡らせる。
無意味とわかりつつも自室のノブを回せば、しっかりと施錠をしたはずの扉はいとも簡単に開いた。

(ちゃんと鍵をかけたはずなのに…)

妙に思いつつも中へと入ると、寝室の方から声が聞こえてきた。
リヴァイの声と、高い女の声。

嫌な予感がしてぴたりと足を止めた。
けれど引き返すこともできず、恐る恐る寝室へと近づく。
意を決して、開けっ放しの扉から中を覗いた。

(えっ…?)

目に入った光景に頭が真っ白になる。
遠くで何かが割る音が聞こえた。



「はあ…はあ…」

扉に背を凭れて、肩で呼吸を繰り返す。
ばくばくという心臓の音が耳の奥で聞こえる。

何気なく部屋を見渡せば、ハンジの部屋は以前来た時から何一つ変わらず散らかっていた。
不用心にも部屋の主は施錠をせずに訓練に行ってしまってるようだが、そのお陰で身を隠すことができた。

ドンッという衝撃が扉から背中に伝わってnameは肩を震わせた。

「name、出てこい」
「…………」

寝室での光景が目に焼き付いて離れない。
何故、クラインが部屋にいたのか。
その疑問は当然あるが、今のnameの胸中を占めているのは黒い感情。
あの光景を思い出すと、どろどろとしたこの醜い感情に侵食されそうでnameは頭を振った。

「さっきのことを弁明させろ。お前が思っているような間違いは起こしちゃいない」

返事をしなきゃいけないのに、声が出ない。
黙りを決め込んでしまったnameに構わず、リヴァイはことの経緯を説明し始めた。
彼が説明している間もnameは静かに聞いていた。


「…だから、あいつとは何もなかった」
「……そう」

やっと言葉にできたのは、素っ気ないその一言だけ。
鍵を盗まれたことにも驚いたが、クラインがリヴァイに迫り行為に及ぼうとしたということが何より衝撃的だった。
彼女はどちらかというと大人しそうな見た目で、自ら男性を求めるような女の子には見えなかった。

「わかったか。なら、出てこい」

本来ならば、彼はこんな風に自分の弁明をするような男ではない。
相手がnameだからこそ、ここまで追って静かに話し合いをしてくれていた。
それは彼女自身もよくわかっている。
けれど、今はどうしても。

「ごめんなさい。今は顔を合わせたくない」
「…なんだと?」

扉の向こうでリヴァイが苛立ったのが分かる。
きっと眉間の皺を深くしていることだろう。

本当ならばすぐにでもここを出て、話してくれてありがとうと言うべきなのだ。
それができないのは私に意気地がないから。
今のめちゃくちゃに酷いこの顔を彼に見られたくないから。

微かにリヴァイの溜息が聞こえた。

「お前はいつもそうだな」

リヴァイはnameに触れられない代わりに、扉に手を添えた。
そして、固く握り拳を作る。

「感情が乱れるとすぐにそれを隠す。隠し通せねえくせに格好つけやがって」
「格好つけてなんか…」
「地下であの娼婦と悶着した時も、ファーランとイザベルが死んだ時もそうだ。負の感情を出さないことが美徳だとでも思っているのか?」
「違うっ…!」
「違わねえよ。こうやって隠れてるってことはそういうことだ」
「っ…」

nameはシャツの裾を握りしめると、結んだ唇を震わせた。
コツコツと靴の音を響かせながら、ゆっくりとした足取りで扉から遠ざかる。
部屋の中央にある机に手をついて、深く息を吐いた。

言いたいことはもちろんある。
気持ちを押し殺すことが美徳だとも思っていない。
憚られてしまうのは、リヴァイの存在があまりにも大きくなりすぎたからだ。

(でも、いつまでもこうしてられない)

きちんと話をしなければ。
そう思い、nameが顔を上げた瞬間だった───。


耳を塞ぎたくなるような大きな破裂音が後ろから襲ってきた。
ぎょっと目を見開いて振り返れば、この部屋の扉は本来とは到底違った方法でその口を開けていた。
廊下の窓から差し込む陽で逆光になっているが、そこに立っていたのは蹴りのポージングを取っているリヴァイ。
彼によって蹴破られた扉は強すぎる衝撃に金具部分までが損傷し、そのまま床へと倒れ、ただの板切れへと姿を変えてしまった。

机に積まれていた書類が衝撃風によって宙に舞っている。

ようやく邪魔な隔たりを排除したリヴァイは部屋の中へと入ると、固まったまま動かないnameへと手を伸ばした。


「俺は気が短いからな。いつまでも閉じ篭るならこじ開ける。隠れるなら見つけて引き摺り出すまでだ」


リヴァイによって両頬を固定されたnameは覗き込んでくる彼の眼を唖然と見つめ返していた。

「何をそんなに怖がってやがる」
「…!」

目は口ほどに物を言うとはよくいったもので。
リヴァイを映すnameの瞳は怯えるように揺れていた。
口を開けては閉じを二回ほど繰り返すと、nameはやっと声を発した。

「幻滅させたくないの」

訪れた静寂の中にnameの声が響く。
言葉の意味が理解できず、リヴァイは眉間を寄せた。

「さっきリヴァイがあの子に触れられてるのを見た時…ううん、前に2人で話してるのを見た時から嫉妬してた」
「…なら、さっさとそう言えばいいものを」
「他の人があなたに惹かれていくのを見るのは嫌。でもそれ以上に、嫉妬する自分を見られるのが嫌なの…幻滅されて、リヴァイの心が離れていくことが、一番怖い」

幸せを手に入れれば、失うことを思ってしまう。
彼を失ったら自分には何も残らない気がして、いつの間にか、"不安"を"大丈夫"と言い、負の感情は笑みの下に隠すようになっていた。
好きになればなるほど臆病になってしまうのは、どうしてだろう。

「俺からすれば、黙っていられる方が胸クソ悪い」

言葉とは裏腹にリヴァイの声色は少し寂しげで。彼はそのまま顔を寄せるとnameの唇を塞いだ。
nameは戸惑うように一瞬肩を揺らしたが、拒むことはしなかった。
彼の唇がいつもより熱い気がする。

「どんなお前を見ても俺は幻滅などしない」

キスの合間に聞こえた囁きに、胸の奥がじわりと温かくなるのを感じて彼のシャツの裾を握った。
我儘を言っている自分に、最も欲しい言葉を彼は与えてくれる。
リヴァイは唇を離すと、鼻が触れ合う距離でnameを見つめた。

「何度逃げようが隠れようが、俺はお前を離さねえよ。どんな理由でもな」

だからもう、いい加減諦めろ。
そう言ってリヴァイは微かに笑った。

ああ、とnameは内心で呟く。
彼はとっくに腹を決めている。
なのに、失うことを恐れてその懐に飛び込んでいけないのは、やっぱり私に意気地がなかったからで。
そんな私でさえも、リヴァイは追ってきてくれた。

ふっと体の力が抜けて、nameは彼に身を預けた。
再び瞼を閉じ、そして、静かに頷く。

「うん…」

体重を掛けてきた彼女を抱きとめると、リヴァイは額同士を寄せてくっつけた。

もう自分を隠すのはやめよう。
取り繕わなくたって、彼はなんてこと無くこうして私を受け止めてしまうのだから。


逃げ回ったことを謝ろうとnameが目を開けると、彼は固く瞼を閉じていた。
触れた額がとても熱い。
nameははっと目を見開いた。

「リヴァイ熱が…わっ!」

nameが声を上げたのとほぼ同時。
リヴァイは雪崩るようにその場に座り込んだ。
彼に抱きしめられていたnameも引っ張られるようにして膝をつく。
荒く呼吸を繰り返すリヴァイの額に触れれば、尋常ではない熱さだった。


「ああぁ!!部屋の扉がなくなってるぅ!?」

廊下から聞こえてきた声に振り返ると、この部屋の主であるハンジが驚愕の表情をしていた。

「ハンジさん!」

部屋にいる2人を見てハンジは更に状況がわからない様子だったが、リヴァイの容態を確認するとすぐに部屋まで運ぶのを手伝ってくれた。
道中、勝手に部屋に入ったことや扉を壊したことをnameは何度も謝った。
事情を聞いたハンジは怒ることなく、しかし代わりにこれを貸しとして、何か一つ手伝ってほしいと言った。

もちろんです!と即答したnameにハンジはゴーグルを光らせてにやりと笑った。
リヴァイはその会話を朦朧とする意識の中で聞きながら、嫌な予感しかしねえと、更に顔を青ざめさせたのだった。



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