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「新しく班長になったあの人素敵じゃない?」
「地下から来たゴロツキって聞いてたけど、めちゃくちゃ強いらしいし格好いいよね」
「いいなあクライン、あの人の班だなんて」

ある日の正午を過ぎた食堂。
ここにはランチタイムなんて言えるような小洒落た雰囲気は欠けらも無いが、若き女兵士達は快活に昼食を楽しんでいた。
話を振られたクラインは少し誇らしげに微笑んで見せた。

「強いだけじゃなくて人としても素敵だと思う、リヴァイ班長は」
「でもちょっと怖くない?怒らせたらやばそう」
「そりゃあ勿論厳しいところはあるよ!でも理不尽に怒ったりするような上官じゃないわ!」

初めてリヴァイという男の班に移ると聞いた時、クラインは内心快く思わなかった。
地下から来たゴロツキ上がりの兵士がほんの3ヶ月程度で班長になるだなんて出世話は聞いたことがない。
壁外調査での功績を聞かされても、ただ腕が立つだけの男に違いないと思っていた。
しかし、そんな偏見は彼の班に入ってすぐに無くなることとなった。

「初めは強いだけの冷たい人かと思ったけど、仲間思いで優しいところもあるの。考え方も大人で、一本筋が通ってるっていうのかな…とにかく凄く尊敬してる」
「クライン…あんた、もしかしてリヴァイ班長に惚れてるの?」
「え?ええっ!?」

熱く語っていたクラインはある1人の言葉に驚き声を上げた。

「何驚いてんのよ。さっきのあんたの顔どう見ても恋する乙女の顔だったよー?」
「そ、そんなんじゃ!私はただ、班長を尊敬してて」
「尊敬が恋に発展するなんてよくある話じゃない。別にいいと思うけどね?」
「いや、だから…!」

あたふたと顔を赤らめて必死に否定する。
私が班長を好き?
そんな、私はただ兵士としてあの人のことを尊敬しているだけ、のはず。

クラインの反応を見て楽しそうに笑う女兵士達。
その中の1人が思い出したように口を開いた。

「でも、リヴァイ班長って恋人がいるって聞いたことあるけど」

その一言に一同は驚き、話題の中心はクラインからリヴァイ班長の恋人へと変わった。
女兵士達の注目となっている彼がどんな女と付き合っているのか、みんな興味津々だった。
クラインを除いて。

楽しそうに話している仲間達に適当に相槌を打ちながら、クラインは自分の胸がズキズキと痛むのを感じた。
そして、"リヴァイ班長の恋人"と聞いてある人物が浮かび、同時に自分の中に黒い感情があることに気づいた。



07 彼の眼



ジョッキの中で少なくなっていく泡を見つめながらクラインは溜息をついた。
酒が回った班員達は楽しそうに談笑し、騒いでいる。
班の中で紅一点の彼女は同性がいないため話しにくいというのもあったが、沈んた気持ちの原因は他にあった。

「班長がいないからって露骨ですよ」
「ロレ…」
「さっきの話を聞いてわかったでしょう?あの人には恋人がいます」

彼女より一つ年下の青年ロレは、アルコールが入ってもいつもの冷静さを崩していない。


『nameがどうかしたのか』

リヴァイのあの焦ったような表情を思い出すと胸が痛んだ。
あんな表情は見たことがなかったし、もし壁外で巨人に出くわしたとしても彼は取り乱したりなどしないだろう。
彼にはきっと他にも色んな顔があって、それは大切な人にだけ、nameにだけ見せるのだ。
そんなことを考えれば考えるほど自分が黒く染まっていく気がする。

「私は兵士として班長を尊敬してるの。ただそれだけ」

自分に言い聞かせるように強く言葉にすると、ロレはもうそれ以上何も言ってこなかった。
そう、この気持ちは尊敬であって恋じゃない。
好きになったところで実りがないことは目に見えてるもの。



***



リヴァイが時計を見るともうかなり宵が深まっている時刻だった。
そろそろ班員達も引き上げて戻ってくる頃だろうか。

タオルを退けて、規則正しい寝息を繰り返しているnameの前髪をそっと撫でてみる。
よほどぐっすり眠っているのか全く起きる気配がない。
頬は赤く額もまだ熱いが、呼吸がこれだけ落ち着いていれば明日には幾らかよくなっているかもしれない。
nameの初めての体調不良で彼は内心かなり心配だったが、思ったより軽症のようで安堵した。

もう一度時計に視線を向ける。
腕を組んで暫し思案したあと、そろりと立ち上がって、穏やかに眠るnameの顔の両側に手を付いた。
彼の体重でベッドが僅かに沈む。
まだ暫く開かれることのないであろう瞼にそっと唇を落とすと、熱っぽい頬を撫でた。

「すぐに戻る」



この時間になると兵団内はかなり暗く、静かになる。
酒を飲んだ大人達が戻ってくればすぐにわかるだろうと思い、リヴァイは兵舎の傍で待っていた。
その予想通り、遠くから近づいてくる楽しげな笑い声はよく耳に届いた。

「あれ、班長?」

班員の1人が暗がりに立つリヴァイに気づいた。

「欠席になってすまなかった」

面倒だと思っていた会合だが、参加すると言っていたのに自分の都合で急遽不参加になってしまったことをリヴァイは申し訳なく思っており(表情にはでていないが)、彼なりに誠意を示すためにこうして班員を出迎えに来たのだった。
その気遣いを察した班員の男は首を振って明るく笑った。
リヴァイと歳も近い彼は飲んで騒いでも、こうした場面での大人の振る舞いを忘れてしまうことはないようだった。

「いいんですよ、飲みの席なんてまたありますから。それより恋人さんは大丈夫ですか?」
「ああ、問題なさそうだ」
「それはよかったです。もう皆ここで解散なんですけど、班長のお時間が許せば、クラインを部屋まで送ってやってくれませんか?少し飲みすぎたみたいで」

クラインを見ると、ぽやーっと遠くを見るような焦点の合っていない目でこちらを見つめているようだった。
なるほど、確かにかなり酔っているようだ。

「流石に酒の入った俺達が女兵舎に行くのは問題になりそうなので…お願いできますか?」

酔っていなくとも女兵舎に男が行くのは問題だが、今は状況が状況なだけに致し方ない。
このまま1人でクラインを帰してもし廊下でぶっ倒れでもしたら、明日の朝情けない格好で彼女は発見されるだろう。
男ならば放っておいてもいいが、流石に女の彼女にその醜態は酷だろうと思った。

送り届けてすぐに帰ればいい。

「わかった。いくぞ、クライン」
「あ…はあい」

女兵舎へと向かったリヴァイの背中を、覚束無い足取りでクラインは追いかけた。



***



暗い廊下に靴底が板を踏む音だけが響く。
部屋への道のりがいつもより遠く感じるのは酒に酔って重くなった足のせいだろうか。
それでも、リヴァイとの2人きりの時間が続くならずっと部屋になんか着かなくてもいいと、クラインは高鳴る胸の内で思っていた。

しかし、彼女の願いとは裏腹にリヴァイの足取りは速い。
この時間を名残惜しく思っているのが自分だけだとわかると改めて悲しくなる。

(nameさんになら歩幅を合わせるのかな)

歩幅を合わせるどころか、優しく手を引いたりするかもしれない。
nameさんになら───。

「班長は、nameさんのどこが好きなんですか?」
「…あ?」

突然の質問にリヴァイは眉間に皺を寄せてクラインを振り返った。
その顔があまりにも不機嫌さを顕にしたものだったので、クラインは一瞬で酔いが覚めるような恐ろしさを覚えた。
感情に任せて失礼なことを聞いてしまった。
これだから酒は怖い。

「何故そんなことを聞く?」
「あの…以前見かけた時とても仲が良さそうだったので…どんな風に好きになったのか気になってしまって」

クラインの言葉は尻すぼみになってしまった。
リヴァイは考えるように目線を並ぶ窓の外へと投げた。
考え事を始めたせいか歩くスピードが少し遅くなり、いつの間にかクラインは彼に追いついて横に並んで歩いていた。

「あいつの心の穴に俺なら嵌るんじゃねえかと、初めの頃はそんなことを考えていた」
「心の穴、ですか?」
「誰にだって自分では埋められない穴がある筈だ」

出会って間もない頃、悪夢を見て泣いたnameを思い出す。
元の世界に戻っても帰る場所はないと肩を震わせ、誰かに必要とされたいと願う彼女に、どうしようもなく心を揺さぶられた。
お前を必要としている人間は目の前にいると伝えたくて、あの細い肩を強く抱きしめた。
その瞬間、nameには自分が、自分にはnameがしっかりと嵌るような、そんな感覚がしたのだ。

だった一年前のことなのに随分と懐かしく感じてリヴァイは目を細めた。

この一年余りでnameの沢山の顔を知った。
嬉しければ目一杯笑うし、悲しければとめどなく涙を流す。からかうとすぐに怒る。
はっきりとした意見を持っているくせに、なかなか口にしない頑固さもある。

『本当は…今夜の飲み会行ってほしくないって思ってた』

いつも「言いたいことは言え」と言っているのに。
あいつはなかなかそれができない。
一体何を憚って遠慮しているのか。
これから先お前のどんな一面を知っても、俺は決して変わらないというのに。


「班長?」

クラインの呼びかけにリヴァイははっとした。
すっかり自分の思考に耽ってしまっていた。
さっきのでは彼女の質問に答えにはなっていないと思ったが、どれだけ考えても答えなんて出そうになかった。
言えることはただ一つ。

「俺にはnameしかいない」

今となって思うのはそんな単純なことで。
どんな御託を並べても、ただnameを欲する心だけが真実だった。

それは恋に浮かれて出た言葉ではない。
何か、体の奥底から魂が渇望の叫びを上げているような、そんな求めてやまない気持ちをnameに抱いていた。


リヴァイが言葉を紡いでいる時も黙っている時も、クラインは彼の横顔をじっと見つめていた。
いつもと変わらず無表情のはずなのに、nameのことを考えている彼の横顔はどこか悩ましげであり、それでいて幸せそうにも見えた。
じくじくと、さっきよりもずっと胸が痛んで、クラインは思わず心臓を掴むように左胸に手を当てた。

(私の入る隙なんて全然ないじゃない…)



***



「送っていただきありがとうございました」

自室の扉の前でクラインは頭を下げた。

「さっきよりは酔いも覚めたみてえだな」
「はい、歩いているうちに覚めてきました」
「それなら明日の訓練には支障ねえな」
「…頑張ります」

酔っ払っていたし、ずっと並んで歩いていたため意識しなかったが、今夜の彼は私服だった。
黒のセーターにカーキ色のパンツを合わせる至ってシンプルな組み合わせなのに、いつもと違う彼はより魅力的だった。
今夜はこんな近くにいるのに、目の前の私を彼は班員の1人としか見ていない。


待ってください。
私、あなたのことが───。


「早く寝ろ」

そう言ってリヴァイは一歩後ずさり、そのまま方向転換をしようとした。
しかし、目の前から伸びてきた二本の腕が彼の背に回され、小さな衝撃が彼を襲った。

「リヴァイ班長、私…」

小柄な彼よりもずっと小柄なクラインがぴったりと体をくっつけ、背中に手を回していた。
体の前面に柔らかな感覚がして、ぞわりと全身が逆立った。
自分の体にへばりつく女の肩を乱暴に掴むと、力任せに引き剥がした。

女は驚いた顔をしているが、その目は男を求める邪な色をして見えた。
濡れた唇が何か言おうとして開かれる。
その気持ち悪い唇からこれ以上音が漏れる前に、リヴァイは先に口を開いた。
自然と肩を掴む手に力がこもる。


「今のは酒のせいだということにしてやる。二度と同じ真似はするな」


低く、冷たい声色に、女は顔を引き攣らせた。
もうこれ以上顔を合わせている必要はないと、女を解放して今度こそ元来た道を戻る。
部屋に帰ったらシャワーを浴びて、nameを抱いて眠りにつきたいと思った。



遠ざかっていく足音を聞きながら、クラインはずるずるとその場にへたりこんだ。
震える手で掴まれた方の肩に触れる。
未だに痛みが残って、暫くは自由に動かすこともできないだろう。

(何だったの…っ)

リヴァイはもう目の前から遠ざかったというのに、まだあの眼で見られているような感覚が抜けず、立ち上がれない。

低俗なモノを見るような、冷ややかに侮蔑するあの眼。
あんな眼をする人を、彼女はこれまで見たことがなかった。



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