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「色で悩まれてるんですか?」

店内の一つのエリアから動かなくなったnameに、モブリットは控えめに声をかけた。
彼女の手には黒と焦茶の毛糸が握られている。

「あ、ごめんなさい。時間がかかってしまって」
「いえ、ゆっくり決めてください。どちらもいい色ですね」
「そうなんです。黒もいいけど、兵服に馴染む焦茶もいいなって」

うーんと唸りながら、nameは困ったように眉を下げて笑った。
恋人へのプレゼント選びに夢中になる彼女はとても幸せそうで、モブリットも思わず頬が綻ぶ。

「決めた。やっぱり黒にする」

兵服に合わせるのもいいけれど、リヴァイが身につけているのを想像した時、似合うのは焦茶より黒だった。
毛糸の玉を数個と、棒針等の道具を手にカウンターへと進んだ。
早速、今夜から編み始めなければ。



05 亜麻色のあの子



街での買い物を無事に終え、nameとモブリットは兵団へと戻ってきた。
リヴァイやファーラン以外と街へ行くのは初めてのことだったが、特に問題事も起きなくて良かったとnameは安堵した。
しかも贅沢なことに馬車まで使わせてもらってしまった。

「モブリットさん、付き合っていただいてありがとうございました」
「いえいえ、力になれたようで良かったです。来月、素敵な誕生日を過ごせるといいですね」

モブリットの言葉にnameは照れくさそうに頬を染めてふわりと笑った。
もうすっかり寒い季節だというのに、彼女といるとあたたかな気持ちになる。
nameは優しい魅力のある女性だと彼は思った。

「では、自分は訓練に戻ります」
「はい、本当にありがとうございました!」

爽やかに笑って立ち去ったモブリットに彼女は再度お礼を言って頭を下げた。
本当に、兵団の人には感謝することばかりだ。


(訓練か…)

リヴァイが班長になってから早2週間が過ぎたところだが、現在の彼がどんな様子で訓練をしているのか気になっていた。
班員の兵士達とは仲良くやっているのだろうか。
地下にいた頃からそうだが、彼は仕事に関する話をあまりしたがらない。
それは兵団に来てからも同様で、訓練や他の兵士達の話はあまりすることがない。
それは、余計な心配をかけたくないという彼なりの気遣いなのかもしれなかった。

(でも、やっぱりちょっと気になる)

兵士ではない彼女は、兵士として過ごしているリヴァイの姿を実はあまりよく知らない。
エルヴィンやハンジからどれだけ凄いと説明してもらっても、百聞は一見に如かずで、自分の目で見た方がはっきりとよくわかる。
以前にも訓練を見に行ったことはあるが、班長になってからの彼は見たことがない。
好奇心に引っ張られるようにして、nameは訓練場へと歩を進めた。



「あれ、いない」

以前来た訓練場は今日も兵士達が馬を走らせたり、立体機動で空を飛んでいたりしているのだが、リヴァイの姿はないようだった。
一通り訓練場を眺めたあと、首をかしげながら元来た道を戻る。

(他にも訓練場ってあったっけ?)

せっかくの休みなので普段行ったことのない兵団の敷地へと足を運ぶのも悪くは無いが、今はやっぱり彼の姿を見たい。
誰かに聞けばわかるだろうかと思いながら何気なく建物の窓の中を眺めながら歩いていると、目に入ってきた光景にnameは思わず足を止めた。

建物の1階の窓越しに、2人の人影が見える。
1人はずっと探していたリヴァイだった。
しかし、nameの視線は彼のそばに立っているもう1人へと注がれていた。

(誰…?)

リヴァイの口は動いており、何かを説明しているようだった。
その彼を真っ直ぐに見つめて、微笑みながらうんうんと頷いているのは小柄な女性のようだった。
この距離からでもわかるくらいに、その女性は真剣な眼差しをリヴァイに向けていた。
時々メモをとっている姿勢は真面目なもので、勤勉な性格なのだろうと思わせる。
ペンをノートに走らせ終わると、彼女は顔を上げてまた嬉しそうに微笑んだ。

どきり、とnameの心臓が跳ねて買い物袋を抱えている腕に力がこもった。

どうしよう。
多分、このまま見ていたら駄目だ。
早くここから立ち去ろうと思うのに、視線を2人から逸らせない。
2人の距離が妙に近くて思えて。
嫌な音を立てて心臓がどんどん煩くなっていく。
心音の大きさに比例して、どろどろとした黒い感情が、零したインクが広がるみたいに私を染めていく。

回れ右をするために地面にくっついてしまった足を動かそうとした瞬間、不運にもリヴァイとばっちり目線があってしまった。
彼は少し驚いた様子でこちらへと寄ってくると窓を開けた。

「どうしたんだ、こんなところで」
「え、ええと…」

何だかとてもきまりが悪くて、ここへきて今更視線を逸らした。
すると、リヴァイを追って来た女性と目が合った。

「こんにちは」
「あ…こんにちは」

にこりと微笑んで軽く頭を下げた女性に、nameも会釈する。
今、上手に笑えていたかな。

「班長、この方は?訓練で見かけたことない気がして」
「nameは兵士じゃない。食堂の厨房勤務だ」
「ああ、そうだったんですね」

リヴァイのことを班長と呼ぶ彼女はどうやら彼の班員のようだった。
彼女は窓から身を乗り出すとnameに手を差し出した。

「クライン・ゲールといいます。よろしくお願いします」
「name・fam_nameです」

袋を片手に持ち替えて、クラインの握手に応える。
遠目で横顔を見た時は大人びて見えたが、この距離で話すとクラインは随分幼く見えた。
自分より2、3歳は年下かもしれない。
綺麗に切り揃えられた亜麻色の髪がより彼女を可愛らしく見せる気がした。

nameが片手で抱え直した袋を見て、リヴァイは首をかしげた。

「その袋は何だ?」
「え?あ!何でもないの!」

リヴァイが手を伸ばしてきたので慌てて袋を後ろ手に隠す。
中身を見られるわけにいかないし、まして彼に内緒で街へ行ったことが知れたらそれはそれは怒るに違いない。
急に俊敏になったnameに彼は益々首をかしげる。
しかし、彼は伸ばした手をそのまますっと上げるとnameの頬に触れた。

「へ…?」
「頬が冷えているな。長いこと外にいたのか?」

店内や馬車にいた時間もあるので長時間外にいたわけではないが、冬へと色を変えつつある外気に肌は冷やされていたらしい。
リヴァイの掌から伝わる体温がじんわりと頬を温めてくれる。
班員の女性の目の前で憚ることなく自分へと触れてきたリヴァイに驚きつつも、心臓はとくとくをさっきより大きく高鳴っていた。
これは嫌な音ではない。

「あの、班長とnameさんは…どういったご関係で?」

彼の行動に目を丸くしたクラインは一瞬躊躇う素振りを見せたが、親密そうな2人の関係をリヴァイに尋ねた。
リヴァイはnameの頬から手を離さずに首だけで僅かに振り返る。

ああ、リヴァイはなんて答えるのかな。
"恋人"だって言ってほしいな。

答えを紡ぐ彼の口元を見つめながらそんなことを考えていた。
一言、「俺の恋人だ」と言い切ってもらえたら、さっき零れ出してしまった黒い感情も水に流れてくれるかもしれない。

しかし、返答が彼の唇から発せられる直前で扉を叩くノック音が室内に響き渡った。
失礼します、という少し高めの声と共に突然の訪問者は顔を覗かせた。


「班長、クライン、まだここにいたんですか」
「ロレ!」
「そろそろ外で訓練にしないとシャーディス団長やエルヴィン分隊長に何か言われますよ」

部屋に入ってきたロレと呼ばれた黒髪の青年は、呆れたように溜息をついた。

「ごめん、また私が班長を引き止めてたの。班長の立体機動のこともっと聞きたくて」
「そうだろうと思ったから呼びに来たんだよ」
「ごめんなさい。班長も……班長?」

ロレという青年に謝ったあと、付き合わせてしまった上官にも謝らなければとクラインはリヴァイを振り返った。
しかし、彼は窓の外に身を乗り出して周りを見渡していた。

「どこにいった」

彼がそう小さく呟いたのをクラインは聞き逃さなかった。
先程まで窓の外にいたnameの姿が見えなくなっていた。




「はあ、はあ…」

久しぶりに全力疾走なんてしたものだから、息が絶え絶えだ。明らかに運動不足なのを感じる。

(なんで逃げてきたんだろう)

リヴァイとクラインの意識が自分から逸れた瞬間、何故だか無性にそこから離れたくなって、走って逃げてしまったのだ。
2人の姿が見えなくなっても、生まれた黒い感情は未だ渦巻いて私の胸のうちをざわつかせていた。
リヴァイを見つめるクラインの瞳には上官への尊敬以上の感情があったような気がして、それを考えるとどうしようもなくモヤモヤするのだ。

すっかり形が歪になってしまった袋へ視線を落としながら溜息をつく。
これを買った時はあんなに幸せな気分だったのに今は真逆だ。
暫く彼の訓練の場へは足を運ばない方がいいだろうか。
でも、自分の知らなところで何かが起きてしまうのではないかと思うと不安で不安で仕方ない。
そんなジレンマに苛まれながら自分の心の狭さに嫌気がさす。
2人はただ話をしていただけだというのにね。



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