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私物の詰まった箱を床に置きながらnameは部屋を見渡した。
彼の仕事部屋となる執務室は広く、デスクの他に本棚や来客用のソファなんかも置いてある。
昨晩のうちに2人で隅々まで掃除したので、どこもかしこもピカピカで誇り一つ落ちていない。
この空間で事務仕事なんてやったらさぞ捗ることだろうと思いながら机を撫でていると、隣の部屋からリヴァイが顔を覗かせた。

「これは寝室でいいのか?」

先ほどnameが床に置いた箱を持ち上げながらリヴァイは尋ねる。

「うん、それは服とか小物だから寝室で大丈夫」
「なら運ぶぞ」

先に寝室へと向かった彼を小走りで追う。
寝室の窓は開けられて、心地よい風にカーテンが揺れている。
その窓際には大きめのダブルベッドが置かれていた。
まだベッドメイクがされていないのをいいことに、nameは思い切ってベッドにダイブしてみた。
すごい。ふかふかだ。

「おい、何はしゃいでる」
「だってこんなに広いんだもの。ついやっちゃうよ」
「子供みてえだな」

呆れたように見下ろしてくるリヴァイに笑いかけ、体を起こしてベッドに腰掛ける。
後ろの窓から入ってくる風はもうかなり冷たいのに、空気が澄んでいくようで気持ちいい。

リヴァイの部屋で一緒に暮らすという話を聞いた時は正直戸惑ったが、思い切ってここに来ることにしてよかったと思った。
このふかふかのベッドで毎晩眠れるのは至高だし、隣の部屋にはシャワールームも完備されている。これ以上の贅沢ったらない。
それに。

「なんだ、今度はにやついてるぞ」

隣に腰掛けたリヴァイに緩んだ顔を見られてしまっても気にしない。
気恥しさはあったけれど、やっぱり大好きなあなたとまた同じ空間で一緒に暮らせるのが嬉しいから。

「班長就任おめでとう、リヴァイ」
「…ああ」

リヴァイは嬉しそうに笑いかけた彼女の肩に手を回し、そっと抱き寄せた。
今夜からは紛れもない二人暮らし。
11月初頭、リヴァイは班長に就任した。



04 新事実



「いやー、相変わらずお熱いよね」

ハンジに手渡された珈琲に息を吹きかけて冷ましていると、突然そんなことを言われた。
きょとんとしてどういう意味だろうと考え、熱々の湯気が立っている珈琲を見つめながら「確かに熱いですね」と言うと、ハンジは可笑しそうに笑った。

「君たちのことだよ。リヴァイの部屋で暮らすことにしたんだって?」
「あ、知ってたんですね」
「そりゃあ私も同じ棟に部屋があるからね。上手くいっているようで何よりだよ」

リヴァイとnameの部屋は2階にあり、ハンジの部屋はその真上の3階にあった。

「でも、すごくいい部屋で申し訳ないくらいです。役職についてる人は皆あんないい部屋なんですか?」
「だいたいそうだけど団長の部屋が一番広くて綺麗かな。それに、班長クラスで個室をもらえるのは一部の兵士だけなんだ」
「そうなんですか?」
「数いる班長達の中で個室をもらえるのは先々生き残る見込みのある兵士だけだ。それだけ期待されてるってことだよ、君の恋人は」

こういう兵団の事情は、やはり兵士に聞くのが一番だとつくづくnameは思った。
兵士としても班長としてもまだ新入りであるリヴァイが個室をもらえたのは本当に特例なのだ。
彼より先に班長になってる兵士だって何人もいるだろうに。
それを思うと、あんないい部屋で眠れることを更に申し訳なく感じるとともに、有難く感じる。

「この棟に部屋があるということは、ハンジさんも期待されてる班長さんなんですね」
「ははっ、これでも討伐数は他の男兵士には負けてないつもりだよ!まあ、班長になりたてで個室をもらったリヴァイに色々言う輩もいるだろうけど、nameは気にしないことだよ。いずれ彼の実力に誰も何も言わなくなるだろうしさ」

珈琲を美味そうに飲んだハンジに笑って頷く。
飲みやすい温度になった珈琲にnameも口付けた。

(う…)

…味については何も言うまい。
口に含んだ珈琲を飲み下すと、nameはそっとカップを置いた。

「それで、聞きたいことってなに?」

相変わらず美味そうに珈琲を飲んでいるハンジの眼鏡は湯気で曇っていた。
今日nameが彼女の部屋に来たのは、以前のようにハンジに呼び止められたからではない。
仕事の休憩中にnameの方から彼女に声をかけたのだった。

「休暇についてなんですけど、兵士の皆さんは休みの希望を出せたりするんでしょうか?」
「まあ出せるよ。どうして?」
「来月リヴァイの誕生日があるんです。当日じゃなくてもいいから、近い日程でリヴァイがどこか休めたらいいなと思って」
「ああ、なるほどね」

納得したようにハンジは頷く。
彼女いわく、兵士達も事前に上官に申し出ておけば希望の日程で休みをとることは可能らしい。
それを聞いて少し安心する。
去年の誕生日、彼は仕事に行っていたが、夜はファーランと3人で祝ったことを思い出す。
今年は2人だけになってしまったが、一年に一度の特別な日をお祝いしたい。

「プレゼントは何にするか決めたの?」
「まだ迷ってるんですけど、とりあえず何か買ったものがいいかなって。去年は自分で稼いでいなかったので料理を振る舞うことくらいしかできませんでしたから」
「じゃあ買い物に行く必要があるんだね。1人で大丈夫かい?」
「ええ、たまには1人で街をぶらつくのも楽しそうですし」

今度の休みにでも出かけようと思っていた。
恋人の誕生日プレゼントを選ぶというのもまた幸せな一時だ。
想像しながら頬を綻ばせるnameをハンジは思案げに見つめた。

「…いや、やはり1人で行くのはやめた方がいい」
「え?どうしてですか?」
「name、君に出会った時からずっと思っていたんだが…君はもしかして東洋人なんじゃないか?」

"東洋人"。
これまでに2回、その呼称で呼ばれたことがあった。
そのどちらも悪い場面で。

「あの、この世界には人種はどれくらいいるんですか?」
「"この世界には"って…妙な聞き方をするんだね。まるで他にも世界があるみたいな言い方だ」
「!」

思わずnameは口を噤んだ。
咄嗟に浮かんだ疑問をそのまま口にしてしまったのが失敗だった。
自分が他所の世界から来たということは兵団の人間にもそれ以外の人間にも決して言ってはならないと、リヴァイに強く念押しされていた。
急に黙り込んだnameをハンジは訝しげに見つめている。

「わ、私、地下から来たのでよく知らなくて…東洋人ってなんですか?」
「……さっき君が言ったみたいに、昔は人間にも種類があってね。東洋って所から壁の中へ逃げてきた一族が東洋人と呼ばれているんだ。今はその殆どが絶滅したと言われているが、君の外見的特徴は東洋人のものとよく似ている」

眼鏡の奥のハンジの眼差しは鋭く、nameの中に見え隠れする情報を見逃すまいとしているようだった。
冷や汗をかきながらnameは彼女の話を聞く。

「東洋人の女性は地下街では高値で売買されると聞いたことがある。もし君が東洋人なのだとしたら地上へ来るまでよく無事でいられたね」
「外出するときは必ずリヴァイかファーランが着いてきてくれていたので、恐らくそれで…」
「なるほど。彼らが君を東洋人だと気づいていたかはわからないけど、常に護衛がいる状態だから無事だったんだろうね」

合点がいったようにハンジは頷いた。

「どこまでも君のナイトだね、リヴァイは」

ハンジは目元を緩めていつものように軽く笑った。
その様子にnameも安心したように笑いかける。
緊迫したような妙な空気感はこれで少し和らいだ。

「ここは地上だけど街には危ない輩もたくさんいるからね。用心して1人で歩くのは避けた方がいい」
「でも…」
「安心して、買い物には行けるから。部下のモブリットを同行させよう」

それではあまりに申し訳ないが、今回の買い物だけはリヴァイに同行してもらうわけにはいかない。
かといって、もし自分が東洋人で人身売買の対象となってしまうのだとしたら、迂闊に街を1人では歩けない。
ここは、ハンジの提案に素直に助けてもらうしかなさそうだった。

「すみません…」
「いやいや、いいんだよ。君に何かあったら私も悲しいからね」
「ハンジさん、本当にありがとうございます」
「出かける日はもう決めてあるの?」
「はい、今度の…」

次の休みの日程を伝えると、ハンジは軽くメモをとった。
向かいで紙の上を滑るペン先をnameは何気なく見ていた。

(え…?)

〇ガツ〇ニチ
nameノ カイモノニ モブリットヲ ドウコウサセル。

これまでこの世界の文字は一度も読めたことがなかったはずなのに、目の前にある紙に書かれている情報がしっかりと頭に入ってきた。
全て、カタカナで書かれている。
ハンジが向かいで文字を書いているということは文字は逆さまになっているはずなのに、nameには全て正しい向きで羅列されたものに見えた。

(この世界の文字は、カタカナを逆さまにしたもの?)

nameは思わず立ち上がって、すぐそばにあった本棚へと近寄った。
適当に1冊を手に取りその表紙を凝視する。
正規の向きで見ると題名を読むことはできない。
少し興奮気味に本を逆さまにした。

"キョジンノ セイタイガク"。

nameは確かにそう読むことができた。

(どうしてこれまで気づかなかったんだろう…逆さにすれば文字を読むことができるなんて)

本を開いて軽くページを捲ってみると、全てカタカナで文字が書かれていた。
漢字や平仮名といった文字の種類はなく、どうやらこの世界の文字はカタカナ一つだけのようだ。
しかし、この事実は元の世界のことと同様に誰にも知られてはいけないことだとnameは瞬時に判断した。
逆さまにして文章を読むなんて明らかに不自然で異端的だ。
ただでさえ、"東洋人"という珍妙なレッテルがあるというのに。

「name、一体どうしたの?」

後ろから声をかけられ、nameは急いで本を閉じた。
急に立ち上がって本棚へと向かった彼女に驚いたハンジが後ろから覗き込むと、nameの手には逆さまになった本が収まっていた。

「その本がどうしたんだい?向きが逆になってるけど…確か君は文字は読めないはずだよね?」
「はい、地上へ来て最近少しずつ文字を覚えてきたからもしかしたら読めるかなと思ったんですけど、まだ無理でした」

勉強不足ですね、とnameは笑う。
悟られないようにできるだけ冷静を装いながら本を棚へと戻した。

「勝手に触ってすみませんでした」
「いや…別に構わないよ」

ハンジは何となく腑に落ちない様子で彼女を見つめた。
今日のnameの言動はおかしなところが目立ち、妙な引っ掛かりを感じる。
やはり彼女は何かを隠しているように見えるのだ。

「そろそろ仕事に戻らないと。色々教えていただいてありがとうございました。モブリットさんにもよろしくお伝えください」
「ああ、わかった」
「では、失礼します」

これ以上詮索をされるわけにはいかないと、nameは丁寧に礼を言って急いでハンジの部屋を後にした。
パタンと扉が閉まり、一人になった部屋でハンジは口元に手を置いた。

「name…君は一体」

彼女の言動に覚えた違和感が何なのかハンジは懸命に思考を巡らせたが、結論は出そうにもなかった。



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



その日の夜、ハンジの部屋であったことをリヴァイに伝えた。
逆さまにすれば文字が読めるという事実よりも、nameが東洋人かもしれないという可能性に彼は眉を顰めた。

「つまり、地上地下に関わらずお前は狙われるってわけだな?」
「断定ってわけじゃないと思うけど…」
「いや、東洋人の特徴は俺も聞いたことがある。言われてみりゃ確かにそうだな…これまで気づかなかった俺も随分と呑気なもんだ」

少々苛ついた様子で、リヴァイはまじまじとnameの顔を見つめた。
艶のある黒髪に白い肌、漆黒の瞳、幼い顔立ち。
確かに東洋人のそれに当てはまっていた。
人種という概念自体が今の世では古く、彼の頭にもこれまで浮かぶことがなかった。

「何にせよ、あのクソ眼鏡が言ったように1人での外出は絶対にするな。東洋人ということも文字に関しても他言無用だ」
「わかった」
「街へ行く時は俺が同行できる時にしろ」

最後の言葉には小さく頷くだけ。
今度の休みに街へ行くことは、買いたいものがものなだけにリヴァイには言えない。
当人の横で、あげるプレゼントを選ぶなんてことはできないから。
モブリットに同行してもらうことになっているので恐らく大丈夫なはずだ。

くれぐれも注意して出かけよう。
そう心に決めた。



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