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兵団にある中庭は、いわゆる人気スポットだ。

中庭といっても、建物の並びにできた少し広めの空き地で、意図的に作られた空間ではない。
広場の中央には一本の木が立っている。
その木の下は、暑い夏場は生い茂る葉が木陰となり、凍える冬場は日向ぼっこをするのに丁度よい場所だった。

休憩中の兵士達はここで仮眠をとりたがる者もおり、時間帯によっては競争になったりもする。
兵団の人々はその憩いの場を、親しみを込めて"中庭"と呼んでいた。


そんな憩いの中庭に、近ごろ可愛い女子が出現すると兵士達の間で専らの噂になっていた。

「俺も見たことある!確かに可愛かったな。綺麗な黒髪でさ」
「いいなあ、俺が通る時はいつもいないんだよなー」

リヴァイは特に関心もなく、訓練の合間に聞こえてくる噂話になんとなく耳を傾けていた。
15時過ぎに通ると出くわすことができるとか、小柄で可愛い感じだとか、男連中はその噂でかなり盛り上がっている。
興味もなければ、当然そんな話に加わるわけもない。
リヴァイはブレードの刃が全て揃ったのを確認すると、アンカーを放とうとした。
しかし、次に聞こえてきた言葉に動きを止めることとなる。


「なんでも、食堂で働いてる子らしいぜ」


ぴくりと反応して、リヴァイはトリガーを構えたまま頭の中で噂の情報を繋げていく。

"小柄で、黒髪で、食堂で働いている女"。

心当たりがありすぎる特徴。
彼女について未だあれやこれやと話し続けている兵士達に苛ついて、リヴァイは勢いよく振り返ると彼らをぎろりと睨みつけた。
その顔があまりにも恐ろしいもので、兵士達はわけもわからず顔を青ざめて身を震わせた。



02 噂の彼女



15時過ぎ。
nameが休憩に入るのはいつも決まってこの時間。
丁度よい休憩場所はないかとぶらついていたある日、彼女は偶然人気スポットの中庭を見つけた。
今ではすっかりお気に入りの場所となっている。

今日もnameは中庭へ来ると、木の根元に腰を下ろした。
眠気を感じて欠伸を一つ。
以前見かけた兵士の真似をして、木の根元でごろんと横になってみた。

木の葉の隙間から見える空がとても綺麗で、なんだかすごく気分がいい。
秋めいて色を変えた葉がはらはらと落ちていく様子も趣を感じさせる。

(ちょっと仮眠…)

秋の涼しくなった気温は心地よく、時々頬を撫でる風が更に眠気を誘う。
nameは誘われるままに瞼を下ろすと、ゆっくりと意識を手放した。




意識があるような、ないような。
そんな微睡みの中で足音が聞こえた気がした。
草を踏む音はまるで忍ぶような足取りで、そっと近寄ってくる。

「…name」

足音の主は低い声で彼女の名を呼んだ。
これは、夢だろうか。

(誰…?)

疑問に思うのに、微睡みが心地よすぎて目を開けられない。
すると、何かがさらりと前髪を撫でた。
これは人の手だ。
手は下へと動き、親指で頬をなぞる。
その触れ方は大好きなリヴァイのものに似ていて、優しくて気持ちいい。
体を重ねている最中、余裕がなくなったnameを宥める時の触れ方に似ている。

ああ、なんていい夢なんだろう。
nameは幸せそうに口元を緩ませた。
やがて親指は唇をなぞり、誰かの息遣いを感じかと思うと、そっと何かが唇に落とされた。
啄むように唇を刺激される。

「ん…」

違和感に首をよじってもそれはnameの唇を追う。
徐々に意識を覚醒させながら彼女は小さく唸った。
すると、まるで痺れを切らしたように、それはnameの唇をぺろりと舐めた。

「!?」

唇の濡れる感覚にnameはびっくりして目を開けた。
そして、眼前にある顔の主の名を盛大に叫ぶ。

「り、リヴァイっ!」
「無防備な顔で寝やがって」
「え…な、どうし」

どうして?と聞こうとした言葉はリヴァイの唇によって飲み込まれてしまった。
さっきまで唇に感じた優しい刺激とは対象的に、少し乱暴に食んでくる口付け。
驚きで目も閉じられず至近距離にある薄い瞼を見つめていると、彼は唇を離して少し体を起こした。

「…ちっ」

不機嫌そうに眉間に皺を寄せて舌打ちをする。

(え、ここで舌打ちをされる意味が…)


「お前はそうやって誰にでも易々と唇を許すのか?」
「えっ?」
「さっきのが俺じゃなかったらどうするつもりだ」
「さっきの…?」

リヴァイはさらりと前髪を撫でると、すっと頬をなぞり親指で唇に触れる。
その動きが微睡みの中で受けたものと全く同じで、nameは思わず目を丸くした。

「いやっ、だって、夢だと思って!」
「それにしちゃあ随分緩みきった顔で笑ってたな。どんな夢を見てたんだよ」
「それは…!」

みるみるうちにnameの顔が赤くなっていく。
言えない。
あの触れ方に行為中のひと時を思い出していたなんて。
とてもじゃないけれど、恥ずかしくて言えるわけがない。

リヴァイは恥ずかしさで口元を隠しているnameの手を掴むと、少し乱暴に地面に押し付けた。
寝転んでいた彼女にリヴァイが覆いかぶさっている状態は、傍目からすれば彼が押し倒したように見える格好だ。

下で顔を赤らめているnameを見下ろしながら、リヴァイは兵士達の噂を思い出す。

中庭に現れるという、黒髪で、小柄で、食堂で働く可愛い女。

実際に中庭へと来てみれば、噂通りの時間に彼女はいた。
それも無防備に寝ているときては、恋人のリヴァイは気が気じゃなく。
今日ここへ来たのが自分じゃなかったらどうなっていたのかと考えると、無性に腹立たしくなった。

「ご、ごめんなさい…怒ってる、よね?」

リヴァイの後ろから(実際は綺麗な青空が広がっているというのに)黒いオーラが見えるような気がして、nameはたじろぐ。
赤かった顔は青くなり、冷や汗をかいていた。
どこにも逃げ場はないというのに、後ずさろうと体を捩らせる彼女が滑稽に見えて、リヴァイは僅かに口角を上げた。
そして、体を屈めて彼女の耳元に唇を寄せて低く囁く。

「お仕置きだ」

いつもは心地よく聞こえるはずのリヴァイの低音にnameはぞくりとして身を固める。
至近距離で視線が絡み合うと、今度は深く口付けられた。

「っ…!」

つい雰囲気にのまれてしまったけれど、ここは外だ。誰が来るともわからない。
しかもこんな真昼間では、夜のように暗闇に姿を隠してもらえることもない。

誰かに見られるかもしれないという状況に焦りを覚えて逃れようとするが、リヴァイに掴まれた手はぴくりともしない。
顔を横に逸らそうとしても無意味で、彼の舌はnameの唇を割って入ると、口内を愛撫し始めた。
するすると動く舌に上顎をなぞられぴくりと体が反応してしまう。

(だめ…こんな、外で…)

そう思うのに、与えられる官能的なキスに頭の奥が痺れて、どんどん溺れていく。
リヴァイはすっかり体の力が抜けたnameの手首を解放すると、彼女と自分の指を絡めた。
nameが思わずそれを握り返すと、リヴァイは唇を離して小さく笑った。
そして、彼女の白い首筋に唇を寄せ───。


「おーい、リヴァイさん?もう訓練始まってますよー」


近くから聞こえた声に2人とも身を固める。
甘い時間に酔い始めていたnameは、全身がさっと冷めるような感覚になった。

見られた…!見られた…!!

あわわわわ…とnameは顔を青くする。
リヴァイはいつもの無表情に戻ると、顔を上げて少し離れたところにいる兵士に返事をした。

「悪いな、寝すぎた」
「ここは昼寝に持ってこいですからね。でも、早く戻ってくださいね」
「ああ、すぐ戻る」

そう言って兵士は駆け足で去っていった。
リヴァイは完全に体を起こすと、膝に付いた草を払い落とす。
今のリヴァイと兵士のやりとりがあまりにも普通すぎて、nameは何が何だかわからない。
彼女も体を起こして兵士が走り去った方を振り返る。
後ろには当然木があり、奇跡的に、その木がちょうど死角になってくれていたようである。

「邪魔が入ったな」

nameがほっと胸を撫で下ろしていると、リヴァイは体についた草をすっかり払い落とし終えて訓練に戻ろうとしていた。
こんな所でつい彼の口付けについ酔いしれてしまった自分が恥ずかしく、nameは軽くリヴァイを睨みつける。

「もう。外でこういうことするの禁止」
「ならお前は中庭の出入り禁止だ」
「ええっ!なんで?ここお気に入りなのに!」
「次ここにいたら、今度はキスだけじゃ済まないかもな」

リヴァイはそう言い残すと、颯爽と中庭を後にして訓練へと戻っていった。

(さっきだってキス以上のことしようとしたくせに!)

立ち上がって彼の走っていった方を睨む。
自分も体に付いた草を払いながら、はっとする。

(今、何時っ!?)

咄嗟に近くにある建物の窓から中を覗くと、運良く時計が見えた。
…大丈夫だ。まだ時間に余裕はある。
一体どれほど眠っていたのかと思ったが、ほんの10分ほどだったらしい。
休憩時間はまだ30分くらい残ってる。

もう暫くここで休もうかとも思ったが、さっきリヴァイに言われた「中庭出入り禁止」の言葉が気になってゆっくり休めそうもない。
どうしようかと考えて、先ほどリヴァイが立ち去った方向へと視線を向ける。

毎日訓練に勤しんでいるリヴァイの姿を、実はしっかりと見たことがない。
彼の兵士としての一面を見てみたい欲求に駆られたnameはリヴァイの立ち去った方へと歩き始めた。



***



建物の並びから出ると低い柵があり、その先は開けた場所になっていた。
広い平野で乗馬をしている兵士達が見える。
木々が立ち並ぶ方からは立体機動装置のワイヤーを巻き取る音やガスを吹き出す音が聞こえた。
どうやらここが訓練場みたいだ。

きょろきょろとリヴァイの姿を探すと、彼は平野の方にいた。
以前湖に行く時に乗せてもらったあの黒馬に乗って颯爽と風を切っている。
彼は鐙を蹴って体を浮かせると、アンカーを木に打ち込み軽やかに飛んだ。
すぐに別の木へと次のアンカーを打ち込むと、ガスを吹かせて素早く移動していく。
他の兵士達と比べてもその身のこなしはあまりに速く、とても目で追っていけない。

地下にいた頃、初めてリヴァイの立体機動を見た時のことをnameは思い出した。
建物から落ちそうになっていた子供を助けた彼の身のこなしはとても軽やかで、あの緊迫した状況下で、不謹慎にもとてもドキドキしていた。
あの瞬間、落ちたのはnameの方だった。

今のリヴァイはあの頃よりも速く飛んでいるように見える。
やはり、こうして訓練を積んで壁外へ行くと、立体機動の腕もどんどん磨かれていくのだろう。

遠くで飛んでいる彼はまるで別の世界の人のようで。
ここからの距離のように心まで遠くなってしまうのではないかと、不安が過ぎる。
好奇心で自分から足を運んだというのに、それで不安になるなんて。
木々の中へと姿を消した彼を見つめて溜息をついた。


「見惚れているのか?」
「!エ、ルヴィンさん!」

いつの間にか隣にいたのはエルヴィン。
彼は空よりも薄いブルーの瞳をnameに向けて笑んでいた。
nameは咄嗟に目を逸らすと、兵士達へと目線を向けた。

「そんなのでは…」
「兵士を恋人に持つと…特に調査兵の場合は辛いことも多いだろうが、君の恋人は非常に優秀だ」
「…リヴァイは兵士としてそんなに優秀なんですか?」
「リヴァイの実力は並の兵士を遥かに上回る。上官も私達も彼の力は買っていてね、時期尚早という声もあったが、来月から班長に就任してもらうことが決定した」

班長就任。それは、いわゆる出世というやつで。
兵団に来てから2ヶ月と少しというキャリアで就くには、兵士ではないnameから見ても早すぎるように思えた。
けれど、それだけリヴァイは実力を認められているらしい。

「あまり嬉しくなさそうだな?」

遠くを見つめたままのnameにエルヴィンは首をかしげた。
決して嬉しくないというわけではない彼女は急いで否定する。

「いえ、そんなことは。ただ…こうして見ていると、リヴァイがまるで別の世界の人のようで。どんどん私の知らないリヴァイが増えていくのかと思うと、なんだか……」
「ふむ…」
「…………」

それきり、会話が途切れてしまった。
nameはもう何かを見ているわけではなく、ただエルヴィンとの空間が気まずくて視線を遠くへと投げていた。
ファーランとイザベルのことで一度はエルヴィンに強い憎悪を抱いてしまった。
その後ろめたさからか、彼のブルーの目を直視することができない。


「君達の仲間の2人だが、彼らのことは残念だった」


nameははっとしてエルヴィンを見る。
突然のその話題はまるで心を読まれたかのようなタイミングだった。
エルヴィンも遠くを見ている。

「別の目的があった彼らには心臓を捧げる覚悟などなかっただろう。だが、班員とともに最期まで戦った彼らは勇敢だった」
「……っ」

nameはこみ上げそうになる涙を押し止めようと唇を結んだ。
胸がぎゅっと掴まれたように苦しい。
2人の最期がどんなものだったのか、リヴァイからは聞かされていない。

そっか、2人は最期まで諦めずに戦ったんだ。


「リヴァイが別の世界の人のようだと言ったが、彼の世界の中心はname、間違いなく君だ。その証拠に、彼は2人の死を乗り越え前へと進んでいる。君を守るために」
「…それは」
「name、君が見ているのはどちらだ。前か、後ろか?」
「私は…」

遠くで華麗に愛馬へと着地をしたリヴァイの姿が見えた。
どちらかなんて、決まっている。

「私はリヴァイと同じ方に。彼が前を向くなら一緒に前を見ます」

nameの返答にエルヴィンは満足そうに笑むと、澄んだブルーの瞳を細めた。

「君の恋人は別の世界に行ったりなどはしない。思い悩むな」
「はい、ありがとうございます、エルヴィンさん」

nameも同様に目を細めると、エルヴィンに微笑み返した。
今日、初めて彼の目を見ることができた。
一瞬でも胸に抱いた憎しみの色を見透かされやしないかと思っていたが、そんな彼女の心情すらもお見通しだったのかもしれない。
思えば、出会った時からエルヴィンが苦手だったのは、綺麗なブルーの瞳が全てを見透かすようで怖かったからだ。

「そういえば、班長就任に当たってリヴァイには部屋を…」

彼女にとっても朗報である話をエルヴィンが言いかけた。
それと同時に、柵の板にアンカーが打ち込まれ、木の幹よりずっと脆い板は簡単に損壊した。
何事かと2人が目線でアンカーを辿っていくと、そこにはトリガーを構えたリヴァイが立っていた。

「随分と楽しそうに話していたな。俺も混ぜてくれよ」

ずんずんと近づいてくるリヴァイはいつもと同じ無表情なのに、明らかにオーラが黒い。
瞬間的にやばい思ったnameは一歩後ずさった。
無表情で「楽しそうだな」なんて言われても怖いだけである。

「name、時間は大丈夫か?」
「へ…ああ!今何時っ、戻らないと!」

いつの間にか時間を忘れて話し込んでいた。
nameは慌てて回れ右をすると、食堂のある建物へと走り出した。
逃げたと思ったリヴァイがnameを呼び止めたが、彼女は意外にも速く走り去ってしまった。

「おいname!…ちっ」
「あの様子だと足もかなり良くなっているようだ。よかったな、リヴァイ」
「うるせえよ。エルヴィン、nameと何話してやがった」
「心配せずとも、彼女はお前のこと以外見えていない」

エルヴィンはリヴァイの鋭い眼から逃れると、私も職務中なのでね、と爽やか戻っていった。

「どいつもこいつも鼻の下伸ばしやがって」

板に刺さったアンカーを引き抜きながらリヴァイは悪態をつく。
nameのことを噂する男連中も、彼女に対してだけは妙に紳士を気取るエルヴィンも気に食わなかった。
今のエルヴィンの件も相まってリヴァイの内では独占欲がふつふつと広がって、さきほどの"お仕置き"の続きが今夜nameを待っているのであった。



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