季節は秋めく10月の終わり。
兵団での生活もすっかり日常となったこの頃。
リヴァイはnameの部屋で夜を過ごすことが多くなった。
01 ここは狭い
ファーランとイザベルがいなくなってから、毎日が静かで、寂しいくらいに世界が広く見えて、泣いてしまう夜を繰り返していた。
そんな夜は決まってリヴァイが部屋を訪ねてくる。
2人を失った痛みを忘れることはない。
けれど、寄り添って眠ればその痛みも和らぐ気がした。
そのうちリヴァイは、夜はnameの部屋で眠り、朝になったら彼女の部屋から訓練に行くようになった。
そんな日々を彼はもう一週間以上当たり前に過ごしている。
2人がいなくなった寂しさもあるのかもしれないが、他の兵士達と同室で眠ることにストレスを感じる彼にとっては、nameの部屋で眠る方が気が休まるのだろう。
何にせよ、こうして夜を一緒に過ごせるのはnameにとって嬉しいことだった。
ただ、1つの問題を除いて。
「く…苦し」
巻き付くように抱き込んでいるリヴァイの腕を押し退けながらnameは呟く。
最近、明け方になるといつもこれだ。
情事を重ねてから眠る時も、普通におやすみと言って眠る時も、リヴァイはnameのことを抱きしめた体勢で眠りにつく。
ここまではとっても幸せな気持ちなのだが、小柄なリヴァイは見かけによらず体重が重い。
この狭い一人用のベッドで2人が眠るには密着しなければならない。並んで眠れば壁際のnameは押しつぶされてしまうし、逆側の彼は落ちてしまう。
けれど、リヴァイの腕を長時間乗せられるのはかなり苦しい。
たまの休暇の日にこれで起こされるのなら可愛げがあるが…ここのところ毎日続いているこの目覚めに、少し参ってしまっているというのが本音だった。
「…ふう」
軽くなった体を伸ばす。
そもそも、この部屋は二人部屋でベッドは二つある。
リヴァイがそっちのベッドで寝たっていいのではと、試しに昨日伝えてみたら、彼は至極不機嫌な様子でふて寝をしてしまった。
…どうやら違ったらしい。
まあなんというか、見かけによらず可愛らしいところがある恋人にその時は内心嬉しくなってしまったのだが。
こうして外が暗いうちに起こされると、やっぱりなんとかしなければと思う。
(自分の部屋があれば違うかな?)
潔癖で神経質な彼。
自分の部屋を持てば、きっと心休まる自室で眠ることを望むはず。
どうすればリヴァイは自室をもらうことができるだろう?
兵舎の部屋事情に関して詳しくないnameは頭に疑問符を浮かべる。
うーんと唸りながらリヴァイの寝顔を見つめていると、彼の眼が不意に開けられた。
「あ…ごめんなさい、起こしちゃった?」
起こされたのは私の方なのに、咄嗟に謝ってしまって苦笑する。
リヴァイは窓を一瞥してまだ陽が昇っていないことを確認すると、再びnameを抱き寄せて眼を閉じた。
「…お前こそなんで起きてる。眠れないのか?」
「ちょっと目が覚めただけ。もう寝るから。おやすみなさい」
「ああ」
そう言ってリヴァイはnameの目元にちゅっとキスをすると、再び眠りについた。
潔癖だというのに彼はこうしたスキンシップは好きなようで、その甘く蕩けそうな時間にnameはいつもドキドキして胸が痺れそうになる。
(ま…いっかな)
王都で一緒に暮らすという目標がなくなってしまった以上、こうして一緒の部屋で過ごす時間は貴重なもの。
リヴァイの胸元に頬を寄せて目を閉じるとそのうちウトウトしだして、nameも再び夢の世界へと落ちていった。
***
調査兵団本部にて行われる役職会議。
エルヴィンは発言を終えた後、伺うように団長の顔を見た。
「あのゴロツキ上がりのリヴァイをか?」
シャーディス団長はやや眉根を寄せると、話題に出たリヴァイの名を復唱した。
「はい。先月の壁外調査でかなりの兵士が減り、席にも空きがあるはずです」
「リヴァイはまだ兵団に入ったばかりで、壁外調査も先月が初めてだっただろう」
「彼はその初陣で、向かってきた4体の巨人を1人で掃討しています。熟練の兵士でも簡単にできることではありません」
「しかし、この短期間でいきなり班長を任せるというのは危険じゃないか?」
「リヴァイにはリーダーとしての素質があります。彼が班長になれば班員の戦力向上にも繋がり、生存率も上がるはずです」
エルヴィンの力説によりシャーディスはそれ以上異論を唱えることはなく、他の役職の者達も口を挟むことはなかった。
この間の壁外調査で、リヴァイの実力については誰もが認めざるを得なかった。
「…というわけだ、今月中にも班長に就任してもらおう」
「断る」
執務室に呼び出されたリヴァイは、エルヴィンの話にわかりやすく眉を顰めて即答した。
予想通りの返事にエルヴィンは動じることなく続ける。
「何故だ?」
「役職なんかに興味はねえよ。それに、俺の戦い方は我流だ。誰かに教えるだのしてそいつらの命の責任は背負えない」
「…リヴァイ、言い忘れていたが。これは協力要請ではなく命令だ。お前の班長就任はもう決まったことだ」
「……チッ」
リヴァイは苛立たしそうに舌打ちをする。
しかし、命令と聞いた以上、拒否をするような発言はしなかった。
それでも班長という役職に気が向かない様子の彼に、エルヴィンはある提案をする。
「部屋を与えよう。本来ならば部屋を持てる兵士は分隊長以上だが、先日の壁外調査で死傷者が多かったために部屋が空いている。そこをお前に割り当てよう」
「はっ、たかが部屋くらいで…」
「釣られるかよ」と悪態をつこうとして、リヴァイは押し黙った。
急に浮かんだ一つのひらめきに思考を巡らせる。
そしてエルヴィンへと目線を向けると、一つの確認をした。
「部屋は好きに使っていいんだな?」
「ああ。それに角部屋、シャワー付きで、大きめのベッドを置いても充分な広さがある」
「…あ?」
「お前にとってかなりいい話だろう?」
ニコリとエルヴィンは微笑む。
その確信的な笑みは、初めからそれを餌にするつもりだったことが窺える。
やはり、この金髪男は食えない奴だ。
不愉快そうに眉を顰めたリヴァイに対し、エルヴィンは至極愉快そうに笑った。
「恋人と上手くいっているようで何よりだな」
「うるせえ」
これ以上ここにいると余計なことまで聞かれそうだ。
リヴァイは早々に立ち去るため扉へと向かう。
しかし、部屋から出る前に振り返ると、切れ長の眼をエルヴィンに向けた。
「班長、やってやるよ」
そう言い残してリヴァイが部屋を出ていったあと、エルヴィンは再び愉快そうに喉を鳴らして笑った。
一人部屋を与えることを提示してみて正解だった。
リヴァイがここのところ兵舎に戻らないと聞いてもしやと思っていたが、彼はよっぽどnameと過ごす時間を大切にしたいらしい。
あの冷たく粗暴な外見からは想像もできない溺れっぷりだ。
彼女を理由にすれば、リヴァイは多少の無茶も聞くかもしれない。
あの一人部屋、もとい二人部屋になるであろうそこがあたたかな空間になるのは、もうすぐ。