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醒めない夢は、ない。



21 家族



「name、起きろよ」
「いつまで寝てんだよー、name」

聞き慣れた声の主に肩を揺さぶられて瞼を開ける。
顔を上げると、やっぱり彼らだった。

「ファーラン、イザベル」

驚いたnameは目をまん丸にして2人を凝視する。
そんな彼女を見て、ファーランとイザベルはおかしそうに笑った。

「なんて顔してんだよ」
「あれ…壁外調査は?」
「壁外調査ぁ?なんだそれ?」
「え、だって…」
「ここは地下だぜ」
「…えっ?」

ファーランの言葉にはっとして周りを見渡す。
そこは確かに地下の家で、いつも4人が集まるリビングだった。
いつの間にかテーブルに突っ伏して眠っていたようで、向かいには2人が座っている。
いつも4人で食事をとっていたテーブルだ。

「あれ…なんで…?」
「寝ぼけるなんてnameらしくないぜ!」

困惑したように目を白黒させていると、イザベルがそれを笑い飛ばした。
ゆっくり周りを見渡して、現状を理解しようと頭を動かした。

軽快な笑い声。
穏やかなリビング。
窓の外に見える常灯の街。

(そっか…夢だったんだ)

地上へ行って調査兵団に入ったのも、3人が壁外調査へ行ったのも全て夢だったのだ。
どうやら、とても長い夢を見ていたらしい。

「ごめん、変な夢見たみたい」

気恥しそうに言うと、2人は「やっぱりな」と言って笑った。
ああ、懐かしいな。
ここで皆と過ごすことは私の日常だった。

(…あれ?)

どうして、懐かしいなんて思う?

あっちが夢で、ここが現実のはずなのに───。

「…………」
「name、どうしたんだ?」
「う、ううん、何でも……あれ?イザベル、髪どうしたの?」
「え?」
「片方取れてるよ」

イザベルの左側を指さす。
いつも二つに結ばれている赤毛は片方だけ下ろされた状態で、すっかりアンバランスな髪型になっていた。

「ああ、これは…」
「直してあげる。こっち来て?」
「…いや、いいんだ。これだってカッコイイだろ?」
「え?まあ、イザベルが気に入ってるならいいけど…」
「ああ、これでいいんだ!」

下ろされた方の髪をくしゃりと触ってイザベルは笑った。
いつもなら下ろしてると邪魔だって言うのに…珍しいな。
しかも片方は結んだままなのに。

結ばれた方へと目を向けると、イザベルの耳の下で何かが一瞬光った。
え?と思って目を見張る。
何かなんて、聞かなくてもすぐに分かる。
彼女の赤毛によく似合う、橙色の髪紐だ。
あれは、イザベルの誕生日に私が結んであげたものだ。
兵団の食堂で。

「name、俺が商人に追われてた時、助けてくれてありがとうな」

イザベルは照れくさそうに頬をかいた。

「なんで…急にそんなこと?」
「nameに助けてもらえたから仲間にもなれたんだ。美味しい飯作ってくれたり、一緒に風呂に入ったり、眠ったり…めちゃくちゃ嬉しかった。本当の姉ちゃんみたいだったよ」
「…イザベルっ!」

思わずイザベルの頬に手を伸ばす。
……さわれる。
きちんと触れているのに、なんだろう、手のひらに実感がない。
イザベルはnameの手に自分の手を添えて頬ずりすると、悲しそうに眉を下げた。
そして、nameの手を頬からそっと離す。

「nameの飯、美味かったよな。nameがここへ来てから俺達の食生活は格段に上がったんだぜ」

ファーランは頬杖をついて、まるで懐古するように呟いた。
どうして過去形なの?

「ここで皆で飯を食う時間が俺は好きだった」
「わ、私だってそうだよ。すぐご飯の支度にするね、リヴァイが帰ってきたら…」
「いや、リヴァイは来ない」
「…どうして?」
「俺達が先に来ちまっただけだ。リヴァイが帰ってくるのは…まだ少しあとだ」

ファーランはいつもの穏やかな笑みで見下ろす。
銀色の瞳が揺れて見えるのは彼が悲しんでいるからなのか、私の目が霞んできたせいなのか。

「name、リヴァイのことを頼む」
「……どうしてそんなこと言うの?」

喉に詰まったような言葉をやっと絞り出すと、可笑しいくらいに声は震えていた。
嫌だ。嫌だ。
こんな、会話は。
まるで。

「リヴァイはああ見えて一人は嫌いさ。あいつは否定するだろうが、胸の奥じゃ人との繋がりを求めてる。俺ともずっとつるんでくれてたしな」

彼の茶目っ気ある笑顔をしっかり見たいのに、ぼやけてしまって見えない。

「リヴァイが帰ってきたら、支えてやってくれよ。それはnameにしかできないことだ」
「皆で…皆で支えようよ。ずっとそうだったでしょう?」

ファーランは困ったように一度視線を外すと、暫し黙り込んだ。
そして、「あー…」と声を漏らすと再びnameへ視線を戻した。

「こんなこと言ってるけどさ、俺、nameが好きだったよ」
「…っ、ファーラン」
「ほんと偽善だよな。リヴァイに遠慮したりせずに、さっさと伝えちまえばよかった」

優しく、いつも助けてくれたファーラン。
リヴァイには言いにくいことも、ファーランになら言えた。
私はこんなにもあなたに甘えていたのに、ファーランは、言えないことをずっと抱えていたんだね。

「……知ってるよ」
「え?」
「ファーランの気持ち、知ってる」
「ええっ、なんでだ?」
「出発の前夜、ファーランから言ってきたんじゃない」
「あれ?そーだっけか……。ああ、そうだな。俺、ちゃんと振られたんだった」

横でイザベルが「馬鹿だな」と呟いて笑う。
ファーランもそれに頷いて自嘲した。

「でもな、name。俺はやっぱり後悔してない。俺にとってリヴァイは最高の相棒だし、nameは大切な仲間だ。2人が笑って幸せでいられることが俺の願いなんだよ。これまでも、これからもだ」
「……っ」

まるで、いっぱいになった器から零れるみたいに、涙が溢れた。
2人の顔が涙でぼやける。
拭っても拭っても溢れてきて止まらない。
ファーランとイザベルの顔を目に焼き付けておきたいのに。
だって2人は。

「私もっ…私だって、ファーランに、イザベルに…2人に幸せでいてほしいよっ!私はいつも皆に守られてばかりで、だから、本当に感謝してるんだよ…感謝、してる…なのに」
「name」
「まだっ、全然返せてないよ!これからまた4人で暮らして、私も一緒に働いて力になれたらって思ってたのに…」
「…name」
「会えなくなったら…何も返せないじゃない…っ」
「…ごめんな」

遂に嗚咽まで漏れて、思わず顔を覆った。
イザベルの頬に触れた時、どうして触れた実感がなかったのかわかった。
それは、ここが夢だからじゃない。
死んだ両親に触れた時と同じ感触だったからだ。

「また家族が先にいってしまった…また」

指の隙間から涙が零れ落ちていく。
ファーランとイザベルの手が、震えるnameの肩に置かれた。
そろりと顔を上げると、2人がすぐ目の前に立っていて、周りは真っ白な空間へと変わっていた。

「お前はまだ一人じゃないだろ、name」
「そうだよ、兄貴がいる」

何度も涙を拭って視界をクリアにすると、歯を見せて笑っている2人の顔が見えた。
大好きな2人の笑顔。

「へへっ、家族って言ってくれてありがとうな。俺、最後にnameの妹でいれてよかったよ」
「仲間って言ったけど、そうだな、俺達は家族だ」
「うん…2人は私の大切な家族だよ、ずっと」

nameが泣きじゃくった顔でやっと笑うと、3人は顔を見合わせて笑った。
ファーランはくしゃっとnameの頭を撫でる。
何度もされたその仕草が名残惜しい。

「もう1人の家族、兄貴のこと頼んだぜ!」
「…!待って!」
「悪いな、そろそろ時間だ」
「待ってよ、まだっ!」
「いつか、リヴァイと本当の家族になれよ」

2人の後ろから眩い光が差して思わず目を閉じてしまう。
手を伸ばしてみても触れられない。

「ファーラン!イザベル!」

呼びかけても、もう返事はない。
待って。待って。待って───!



「待って!!!!」

自分の叫び声にはっとする。
涙で視界がぼやけているが、見えるのは自室の天井。
地下の頃のではなく、兵団に来てからの部屋だ。
はあ、はあ、と自分の吐く息の音だけが室内に響く。

窓を見ると、ガラスには水滴が付いているが、もう雨は止んだようだった。
沈んでいく陽の光が差し込んでいる。
橙色の、優しい光だ。

瞬きをすると、つうっと筋が横に伝った。
現実の私も泣いていたみたいだ。
そう理解すると、次から次へと涙が溢れ、収まらない瞼に手の甲を乗せた。

扉の外が慌ただしく、誰かの声が耳に入ってきた。
調査兵団が壁外調査から帰還する、と。

ああ、これから直面する現実にきちんと向き合わないと。
何度経験したって慣れはしない、あの痛みをまた受け入れなければならない。
そして、きっと心身共にボロボロになって帰ってくる彼の背中を支えるのだ。

それが、2人の願いだから。



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