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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -




精鋭揃いの兵士達が壁外調査に行って2日目。兵団内は普段より比較的静かで、ゆったりとした時間が流れているような気がする。
勿論残って訓練をしている兵士もいるが、人数が少なくなった分、食堂の忙しさは半減する。
そのため半休となったnameは、まだ日も高い時間に自室へと戻ってきた。

一昨日眠れない夜を過ごした(昨日もあまりよく眠れなかった)影響で体がだるく、頭が重たい。
ベッドに横になると、体が深く沈んでいくようだった。
ふと、何かが窓を叩く音がしてちらりと目線だけ向ける。
ぽつぽつと水滴がついて、あっという間に窓ガラスが水に覆われていく。

(雨か……みんな、大丈夫かな)

目を瞑って彼らのことを考えるが、鈍くなった頭はゆっくりと活動を緩めていく。
激しい雨音は今のnameにとって心地よく、誘われるままに彼女は夢の世界へと落ちていった。



20 別れ



壁外調査2日目。
昼間だというのに辺りは暗く、正面から殴るように降ってくる雨のせいで前が見えない。
エルヴィンが考案したという信煙弾は既に使い物にならなくなっており、索敵陣形の機能は失われていた。
班員とはぐれた3人はただ馬を走らせ続け、互いが離れないようにすることしかできなかった。

「まるで、そこかしこから巨人の息遣いが聞こえてくるようだぜ」

イザベルは四方を囲む靄を睨みつけた。
すぐそこに巨人がいることを想像すると、背筋が寒くなる。
地を叩きつける雨音はまるで死が近づく足音のようだ。
しかし、リヴァイだけはこの最悪な状況下を"好機"だと思っていた。

「こんな状況なら、雨が上がった時に誰が消えていても不思議じゃねえ」

リヴァイの言葉に、ファーランとイザベルははっと息を呑んだ。
"誰が"なんて、聞かなくてもわかる。

「今ならエルヴィンに近づいて書類を奪える。ここは俺一人で行く」
「兄貴っ!?」
「お前らは班の奴らと合流しろ。その方が2人でいるより生き残る確率が上がる」
「俺も行く!」
「駄目だ。陣形の中央にいるエルヴィンに近づくのに、3人では目立ちすぎる」
「……っ」

有無を言わさぬ判断にイザベルは口を噤んだ。

「リヴァイ!」

馬を加速させようとしたリヴァイにファーランは叫ぶ。

「冷静に考えろ!どこから巨人が現れるかわからんこんな状況で単独になるのは危険だ!」
「こんな状況じゃ先にエルヴィンが巨人に食われる可能性だってある。書類ごと食われちまったら元も子もねえだろ」
「だとしても危険だ!もう少し待って様子を見るべきだ!」
「それまで巨人が待ってくれるってのか?」
「っ…リヴァイ、お前が死ぬ可能性だってあるんだ!必ず生きて帰るんだろ!?」
「くどいぞファーラン!俺ならやれる!俺を信じろ!!」

何度も食い下がるファーランに、リヴァイは遂に喝破した。
互いに譲らず、鋭く睨んだ眼と目がぶつかり合う。

「リヴァイ、それは命令か?」
「命令…?何故そうなる。俺はただ───」

2人を信用してないわけではない。
自分の力を過信しているわけでもない。
ただ───これが最善の選択だ。

王都への切符を巨人に食わせるわけにはいかない。
阻止するためには俺が一人で行って奴から書類を奪えばいい。
2人が班の奴らと合流して待っていれば、俺は必ず戻ってくる。
俺ならできる。

暫しの無言のあと、ファーランは目の力を抜くと、ふっと息を吐いていつものように笑った。

「…わかった。リヴァイ、お前を信じよう」
「ああ、地上の居住権頼んだぜ兄貴!」

ファーランとイザベルの2人に交互に目配せをすると、リヴァイは今度こそ馬を加速させて、靄の中へと消えていった。

霞んでいく背中を見つめながら、ファーランはリードを握る手に力を込めた。
いつも大事な場面で決めてくれるお前なら、王都への切符も掴めるかもしれない。
だが、約束してほしいことがある。

必ず戻ってこいよ。



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─



馬を走らせてから十分も経たずと色を変えた世界に、リヴァイは呆然とした。
目の前に転がるいくつもの無残な死体。
流れ出る血と混ざって赤黒くなった水溜り。
信煙弾の打ち上がった音がして目を向けると、黒い煙の下で、下半身を失くした男が指をさしていた。

「奇行…種」

男が指したのは、たった今リヴァイが走ってきた方向だった。
はっと振り向くと、巨大な足跡が後ろへと続いていた。

まさか、すれ違ったのか───!?

急いで馬を方向転換させると、それまで以上の猛スピードで駆け出す。
被っていたフードが脱げ目に入る雨粒のせいで余計に視界が悪くなったが、直す一瞬の時間すら惜しい。

「クソ!」

足跡を追っていくと、所々に人間の腕や足が落ちている。
歩きながら食べ散らかしているであろう巨人へ憤りつつ、リヴァイは焦燥感に迫られていた。

急げ!急げ───!!



目の前にそびえ立つ巨人を見上げながら、ファーランはぎり、と歯ぎしりをする。
出発前夜の胸騒ぎはこれだったのかよ。
ほんっとに、予感っていうのは嫌な時ばっかり当たるから嫌になるよな。

「イザベル!!!」

巨人の顔の下敷きになったイザベルは、恐怖に顔を歪めてその命を絶った。
全てが突然のことで、まるで現実味がない。
ファーランは震える手でブレードを構え、切っ先を巨人に向けた。

「ほんっと、何なんだよお前らさぁ!」

不気味に笑い続ける巨人はブレードで手をいくら切りつけられようとも、彼を追うのをやめはしない。

リヴァイがエルヴィンのいる方へ走っていってから、十数分後の出来事だった。
運良く班員と合流できたファーランとイザベルはこれでなんとか命は繋げられたと、ひとまず胸をなでおろした。
あとはリヴァイさえ戻ってくれば、と思考を巡らせていると、巨大な手が目の前を掠めた。
班員の1人が、泣きながら巨人の口へと放り込まれた。

あとはもう何が何だか。
応戦しようにも、馬から落とされた衝撃でファーランの立体機動装置は故障し、彼を庇ったイザベルは巨人の下敷きになった。

ああクソ、立体機動装置さえ壊れていなければ俺は逃げきれたのか?
イザベルに無茶をさせて死なせることもなかったのか?
リヴァイ、最後の最後が口論になっちまうなんて。
name、俺とイザベルが死んだら……やっぱり泣くよな。

「ぐっ…!!!」

無作法な手に掴まれながら、頭に浮かぶのはそんなことばかり。
自分の骨が軋んで砕けていく音を聞きながら霞みゆく目を凝らすと、遠くから誰かが走ってくるのが見えた。

「ファーラン!!!!」

…ああ、戻ってきてくれたんだな。

自分を呼ぶ声は確かに連れ添った相棒のもので、ガラにもなく涙が出そうだ。
顔はよく見えないが、きっとすっげえ怖い顔してんだろうな。
お前は仲間を傷つけられるのが何よりも嫌いだから。
リヴァイの放ったアンカーが巨人の腕に刺さった。
すぐそばに巨人の息遣いを感じる。
どうやらここが俺の最後らしい。
リヴァイ、すまねえ。

ファーランは力の入らない腕をなんとか掲げると、相棒に向かって小さく笑って見せた。

ありがとなリヴァイ。nameと───。



リヴァイが伸ばした手はファーランに届くことはなく、骨と肉が裂ける音とともに彼は巨人の口の中へと消えた。
見開かれたリヴァイの眼が不規則に揺れる。
信じ難い光景に、彼は全身が冷たくなっていくのを感じた。

「…!!!」

リヴァイは体勢を変えると、ブレードを巨人の腹へと突き立てた。
腹を掻っ捌いて動かなくなったファーランを中から引きずり出すと、その身長に似合わぬ軽さに驚く。
彼は上半身だけになってしまった。
奇行種の存在を教えてくれたあの兵士のように。
軽くなってしまったファーランをゆっくりと地に横たえる。
そして、ファーランの横に何かが落ちていることに気づいて視線を向けると、リヴァイは再び目を見開いた。

「……っ」

首だけになったイザベルが、そこにいた。

瞳孔が開いた目は濁り、落下した時に跳ね返ったであろう泥で汚れてしまっている。
リヴァイは震える手で彼女の目元に触れると、そっと瞼を下ろしてやった。

そうこうしているあいだに、数体の巨人がリヴァイへ向かって走ってきていた。
ブレードを付け直してアンカーを放つと、不気味な顔目掛けて飛んだ。

クソ野郎が。

おい、気持ちの悪い巨人共め。
てめえら笑ってないで教えろよ。

「人間てのは美味いのか?」

なあ。



─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ── ─



何人もの兵士を食べた巨人は蒸気を上げながら消えていく。
舞い上がる蒸気の中で、リヴァイだけが立ち尽くしていた。
すでに雨は上がっており、消えゆく巨人の亡骸と無残に転がる仲間達に気づいたエルヴィンの班が駆け寄った。
立ち尽くしているリヴァイを見つけたエルヴィンは声をかける。

「生存者はお前だけか」
「…………」
「無様だな」
「…!」

嘲笑う台詞によって逆なでされた殺意に身を任せてブレードを引き抜く。
しかし、喉元を切り裂こうとした刃はリヴァイの腕ごと別の兵士によって止められた。
後ろから羽交い締めにされながら、エルヴィンを睨みつける。
殺意の込められた鋭い眼から視線を逸らさずに、エルヴィンは自身の胸元からあるものを取り出して放り投げた。
リヴァイが目を向けると、それは細い筒だった。

「ロヴォフの不正書類のダミーだ。本物は今頃ザックレー総統の元に届けられているだろう。ロヴォフは終わりだ」
「てめえ…全部わかってやがったのか…!」

自分達の置かれていた状況の全てを理解したリヴァイは、歯を食いしばり、ブレードを掴む手に力を込める。
全身の血が逆流するような憤りを感じる。

「命を捨てるのに割に合わねえ、くだらない駆け引きに巻き込まれたもんだ」

ブレードを握り直すと、後ろから抑えていた兵士を振り払う。
再びエルヴィンへと切っ先を向ける。
掲げたブレードを勢いよく振り下ろすが、刃が彼の首に沈むことはなく、エルヴィン自身の手によって止められた。

「くだらない?お前の仲間を殺したのは俺か?お前か?共に私を襲いに来ていれば2人は死ななかったと思うのか?」
「…俺の選択は間違いだった。俺の傲りが、俺の過信があいつらを…」
「違う!巨人だ!」

エルヴィンはそれまでの静かな口調を変えてけたたましく叫んだ。
濁りかけたリヴァイの眼を覗き込むようにして、強く訴える。

「巨人とは何だ?何故人を食う?我々は無知でわからないことばかりだ。壁の中にいるだけではこの劣勢は覆せないというのに、壁を越えるのを阻む人間がいる。奴らは自分の損得ばかりを考え、明日も平和な日が来ると信じて疑わない。明日こそ、大切なものが奪われるかもしれないというのに」

激しく吠えて訴えかけるエルヴィンの目と言葉に、リヴァイは胸の奥が揺さぶられていくを感じた。
何だ。何がこの男をここまで本気にさせている。
何故、俺は心を揺さぶられている───?

「リヴァイ、お前は全てを失ったわけではないだろう?壁の中にはまだ守りたいものがあるのなら、調査兵団で戦え!」

戦え───!

その言葉が、強風となって胸のうちを通り過ぎていった。
濁って見にくくなった世界がクリアになっていく。
どこまでも広く続く空はいつか見た繁華街の灯りのようにあたたかな橙色で、世界の美しさを教えてくれる。

「…空が晴れたな。隊を再編成する。何としても生きて帰還するぞ」

エルヴィンは馬に跨ると夕日が傾いていく先へと進んでいった。
彼の背を眩しく感じる。
ゆっくりとしゃがみ込むと、眠ったように動かなくなったファーランとイザベルの頬に触れた。
決して応えが返ってくることはないけれど、最後に、声をかける。

「……じゃあな、お前ら」

痛みのなかで死んだ分、安らかに眠れ。
再会できるのは、恐らくまだ先のことだろう。

立ち上がろうとした瞬間、イザベルのそばで何か光った気がして動きを止める。
彼女の赤毛の中で陽の光を受けて煌めいているのは、この空と同じ橙色の髪紐だった。
イザベルの頭を撫でて微笑むnameの顔が浮かぶ。

赤毛を束ねる輪を摘んで引っ張ると、意外にも簡単にするりと抜けた。
手にした一つは胸のポケットに入れ、片方はそのまま赤毛に残す。
リヴァイは今度こそ立ち上がると、馬に跨ってエルヴィンを追った。


───…じゃあな。


声が聞こえた気がして後ろを振り返った。
巨人の亡骸も、眠りについた2人も、どんどん遠ざかっていく。

「…………」

後ろを振り返るのは恐らくこれが最後になる。
あとは、進むだけだ。



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