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壁外調査前夜、兵団は静まり返っていた。
いつもなら活動している者も多い時間帯だが、遠征当日の朝は早いため、兵士達はできるだけ早く床につく。
リヴァイ達も例外ではなく、今夜は屋上で集まることもせずにベッドに入っている。

兵士達の寝息やいびきが聞こえ始める中、ファーランは何度も寝返りを打っていた。
駄目だ、ちっとも眠れない。
「うるせえな」と、横のベッドの兵士へ舌打ちしてみるが、眠れない原因はいびきのせいではなかった。

苛立ったように体を起こすと、短く溜息をついた。
掛け布団を掴んだ手が微かに震えているのを見て、思わず苦笑いする。
これは武者震いなんていいもんじゃないな。
あれだけリヴァイに食い下がって壁外調査へ行くと言ったのに、すっかりビビっちまってる。
全く、臆病風に吹かれてるのはどっちだ?

どうしたら気持ちが落ち着くだろう。
そう考えた時、浮かんでしまうのは彼女の顔で。
駄目だ駄目だと唱えながらも、彼は二段ベッドの梯子を降りていた。
話すだけだから。そう、自分に言い聞かせて。

だって、どうしようもなく胸騒ぎがするんだ。

ファーランが部屋を出て扉を閉めたあと、リヴァイの眼がゆっくりと開かれた。



18 前夜



「はい」

彼女の部屋の扉をノックすると、すぐに声が返ってきた。
1人で、しかもこんな時間にnameの部屋を訪ねるのは初めてのことだ。

「俺だ。ファーラン」

暫しの静寂のあと僅かに扉が開かれ、ファーランの顔を確認すると、nameは安心したように外へと出てきた。
どうやら用心のためにそうしているらしい。
寝間着のゆったりとしたワンピースに身を包んだnameは、不思議そうにファーランを見上げた。

「ファーラン、どうしたの?」
「休んでるとこ悪いな」
「大丈夫だよ。もしかして緊張して眠れない?」
「ははっ、まあ、そんなところだ」
「意外と繊細なんだねー、ファーランって」
「うるせ!意外とは余計だ」

軽口を叩いて笑い合う。
固く握られた拳がゆっくりと解け、震えが収まっていくのを感じる。
会って数分も経っていないというのに、彼女の影響力は大きく、まるで魔法みたいだ。

「食堂でホットミルクでも作ろうか?」
「いや、いい。nameと話してたら落ち着いてきた。サンキューな」
「大したことはしてないよ。明日、門のところまで見送りに行くからね」
「あーっと、それ、帰りは兵団の奴と戻ってこいよ?1人で街を歩くのは危ないからな」
「ファーラン…ここは地下じゃないんだから大丈夫だよ」
「ああ…そうか、つい癖でな」
「ふふ、ありがとう」

地下では彼女を1人で出歩かせないのが日常だったため、つい今でも心配になってしまう。
そんな護衛みたいなことをしていて疲れないのかと誰かに聞かれたことがあるが、nameとの買い物は楽しいものだったし、苦に感じたことはなかった。
地上ではnameも普通に出歩けるんだよな。
王都へ行けばより安全に暮らしていける。
そう、王都へ行けば───。


……俺は、行けるのか?


「そろそろ眠れそう?」
「あ…?ああ、そうだな。もう部屋に戻る」
「寝坊しないようにね。あ、でもリヴァイがいれば大丈夫か」
「そう、だな…」
「それじゃ、おやすみなさいファーラン」
「ああ…」

nameはいつものように微笑むと、背を向けて扉を開けた。
ファーランは、中へ入ろうとする彼女の肩へ徐に手を伸ばした。
自分の腕の動きがやけにスローに見えて、頭の中で声がする。

やめろ、ここで引き止めてどうする?
わかってる、でも、どうにもならないんだ。


我に返った時、彼はnameの部屋の中にいて、自分よりずっと小さな彼女の体を抱きすくめていた。
突然のことにnameは一瞬固まったが、状況を理解すると、身を離すように声と腕で抗議した。

「ファーランっ、離してっ!」
「っ…頼む!暫くこのままでいさせてくれ…!」
「…っ、」

ファーランの声が思いのほかか細く、悲痛に満ちたものだったので、nameは思わず抵抗の力を弱めた。
抱きしめてくる腕が震えている。

「ファーラン…どうしたの?」
「…………」
「ねえ、急にこんなこと、変だよ」
「……悪い」

彼は自分を落ち着かせるように一度大きく息を吐くと、nameの肩を掴んでゆっくりと引き離した。
肩を掴んだまま彼女を見つめると、酷く困惑した顔をしていた。
そんな顔をさせたいわけじゃないのにな。
一度目を閉じて視界を暗くする。
でも、ここで言わないと、きっと後悔する。
nameの肩を掴む手に力を込めて目を開けると、意を決したように真っ直ぐ彼女を見つめた。


「俺は、nameが好きだ」


そんなに大きな声ではないのに、ファーランの言葉は部屋に響いたように聞こえた。
目を見張ったまま、nameは黒目を揺らす。
思ってもみなかった突然の告白に思考が止まる。
目も口も真ん丸にしたまま動かない彼女に、ファーランは思わず笑った。

「間抜けな顔になってるぞ」
「……え、と」

いつもなら瞬時に反応する彼の悪態にも、瞬きを繰り返すことしかできない。
頭の中にあるのは、落ち着かなければ、ということだけだった。

「ずっと好きだった。リヴァイとのことを応援すると言っていたのに狡い奴だと自分でも思う。何度も諦めようとしたが…やっぱり駄目だった」
「ファーラン…」
「なあ、name…俺を選んでくれないか?」

哀しげに目尻を下げて笑いかけるファーランに、胸がナイフで刺されたような痛みを覚えた。
これから傷つくのは、いや、これまでずっと傷ついてきたのは彼だというのに。
nameは一度口を結ぶと、ゆっくりと首を横に振った。

「ごめんなさい……私は、リヴァイが好き。リヴァイを裏切ることはできない」

nameの言葉が風になって心を吹き抜けていく。
初めからわかりきっていた返事。
それでもやはり、はっきりと言葉で聞くと堪えるものがある。
ファーランは肩から手を離して彼女を解放すると、できるだけ明るく笑ってみせた。

「はは、だよな。困らせて悪かった…けど、今日言わないと後悔するような気がしたんだ」
「…どうして?」
「明日の壁外調査の前に、どうしても伝えたかったんだよ」
「そんな…そんな言い方、それじゃあ、まるで」

もう会えないみたいじゃない。
そう言いかけて、nameは口を噤んだ。
言葉にするにはあまりにも不吉な台詞だった。

「正直な、明日のことを考えると身震いする。nameと話すことも、もうできないような気がしちまうんだ」
「!ファーラン何言ってるの?そんなに弱気になってるなんてらしくないよ…!」

ファーランの胸元を思わず掴む。
彼は慎重で、頭の回転が早く、どんな仕事でも的確な判断力で結果を出す男だった。
時に感情で突き進むリヴァイを正しい方へと修正し、無鉄砲なイザベルを妹ように可愛がり、この世界では何度もnameを助けてくれた。
こんなに弱気な彼を見たことがない。

「リヴァイに偉そうなこと言ったのに、俺もこの体たらくだ」

だせえよな、とファーランは苦笑した。
力なく笑う彼になんと声をかけてよいか迷っていると、ハンジの言葉が脳裏をかすめた。

『大切な相手なら、君は毅然としていなくてはいけない』

そうだ…ここで私が動揺しちゃダメだ。
ファーランの胸元から手を離すと、できるだけ気丈に、しっかりとした口調で話す。

「ファーランは1人で行くわけじゃないでしょう?リヴァイやイザベルもいる。だから、きっと大丈夫。3人で、無事に帰ってこれる」
「name…」
「信じろって言ったのはファーランだよ。私は、皆のこと信じて待ってる」
「……ああ、そうだな。必ず帰ってくるさ」

ファーランは頷くと、nameを引き寄せてもう一度腕の中に閉じ込めた。

「ちょ…」
「これで最後にする。もうしないから」

抵抗するnameの耳元でそう囁き、手に愛しさを込めて目一杯彼女を強く抱きしめた。
愛しさと失恋の切なさで想いが溢れて、胸が締めつけられる。
この両腕から想いの全てが伝わればいいのに。

「好きだよ」
「……ありがとう」

最後にnameの頭を撫でると、名残惜しむように彼女を解放した。

「おやすみ、name」
「…おやすみなさい」

離れたファーランは、もう、いつものように笑っていた。
地下で暮らしていた時も、兵団に来てからも、毎日のように交わしていたおやすみの挨拶なのに、何故か今夜は特別なものに感じる。

「明日は俺達の勇姿を見送ってくれよな」



床についてから、nameはなかなか寝付けずにいた。
さっきのファーランの告白や、遠征前夜のせいでもあるが、一番の要因は他にあった。
ファーランが部屋から出ていく瞬間、暗闇に飲まれていく彼の姿に、何故だか嫌な予感がした。

そして、去り際にこちらを振り返った彼の唇が動いたのを、確かに見てしまった。


────さよなら。


何度も気のせいだと言い聞かせて目を瞑っても、胸がざわつくばかりでちっとも眠気はやってこない。
この予感だけは的はずれであってほしい。
無駄な心配であってほしいと、心の中で唱えて目を瞑った。



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