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昼のピークを過ぎた食堂は兵士達もまばらになり、落ち着きを取り戻しつつある。
自分の班員達が食事を終え訓練へと戻っていく中で、ハンジ・ゾエはパンを咀嚼しながらある男を見ていた。

壁外調査を来週に控えた今日、ここでの生活にも慣れ、そろそろ兵服も体に馴染んできたであろう彼は、相も変わらず人を寄せ付けないオーラ全開だ。
ゴロツキ上がりというだけあって雰囲気は粗暴で、視線がぶつかれば威圧的な眼で凄まれる。

一方で、彼の調査兵としてのポテンシャルは高い。
巨人程ではないが、ハンジはそんなリヴァイという男に興味を引かれていた。
彼のあの強さは一体?
どうやったらあんな風に速く動ける?
本人に直接聞きたいところだが、前述の通り、とても気軽に近づける相手ではない。
来週の壁外調査で実戦を見れば何かわかるかもしれないが…それにしても。

(ピクリとも笑わない男だねえ)

使用済みの食器類を返却口へ片付けているリヴァイを眺めながらハンジは小さく笑った。
片付け終わった彼はすぐに訓練には戻ろうとせず、厨房の方へと視線を向けている。
誰かを探しているようだ。
すると、すぐに厨房から一人の女が出てきた。

(お…?)

リヴァイと女は親しげで、女の方はよく笑っている。
暫し会話をしたあと、リヴァイは彼女に背を向けて足早に食堂を後にした。

「…!」

リヴァイが彼女に背を向ける瞬間、ハンジの目にははっきりと見えた。
彼のいつもの鋭い眼は穏やかに細められ、口元は僅かに緩んでいた。
彼は、笑っていたのだ。

「ハンジ班長、そろそろ訓練に戻られてください。…班長?」

いつまで経っても訓練に戻ってこないハンジをモブリットが呼びに来た。
しかし、彼の声は届いていないのか、ハンジは一点を見つめたまま固まっている。
不思議に思ったモブリットが彼女の視線を辿ると、小柄な女性が厨房へと戻っていくところだった。

「あの人は…nameさんですね」
「モブリット、知ってるの?」
「ええ、エルヴィン分隊長が地下から連れてきたゴロツキ組の一人ですよ。何でも、あのリヴァイさんの恋人だとか」

モブリットの言葉にハンジは目を見張ったあと、「へえ…」と面白げに呟いた。



17 諭しとジャブ



「やあ、今いいかな?」

夕食の下準備も終え、エプロンを外してnameが伸びをしていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、女性がニコニコと笑いながら立っていた。
赤みがかった焦茶の髪を一つに束ね、ゴーグルを付けている。

「仕事終わりに悪いね。私はハンジ・ゾエ。よろしくね」
「あ、name・fam_nameです」

こうして兵士が声をかけてくるのは珍しい。
握手を交わして自己紹介をするのもそこそこに、ハンジは興味深そうに彼女を見た。
ふむふむ、なるほどね、と呟きながら舐め回すように見つめられ居心地の悪さを感じたnameは少したじろぐ。

「あ、あの?」
「ああ、ごめんごめん。君がリヴァイの恋人だと聞いてね。あの他人を寄せ付けない彼がどんな子と付き合ってるのか気になってさ」

謝っているのにちっとも悪びれた様子のない彼女に、nameは苦笑いをして会釈する。
聞いたって、一体誰に聞いたのだろう。
ただでさえリヴァイ達は悪目立ちしているから、そういった噂が広まるのも早いのかもしれない。

「可愛い感じで小柄な子が好みなんだねえ。彼も背が低いからその方がいいだろうしね!」
「……それは本人も気にしてると思うので、リヴァイの前では言わないであげてくださいね」
「それに彼のあの体格でどうやってあんなに速く動けるのかは凄く気になるね!今度の壁外調査が楽しみだよ」
「壁外調査…」

先日、リヴァイ達の口論の元となった壁外調査。
兵士達がそのワードを口にしているのはよく耳にするし、最近は厨房仲間達も話していることがある。
しかし、その壁外調査というものがどういうものなのか、深いところまで把握しきれないでいる。
いつもリヴァイ達に聞いても、詳しくは教えてくれないのだ。
ハンジが声をかけてくれたのはもしかしたらいい機会かもしれない。

「あの、ハンジさん」
「ん?なに?」
「壁外調査や巨人について、どういうものなのか教えてもらえますか?」
「へっ…」

nameの言葉にハンジは見開いた目をキラキラと輝かせると、彼女の手を両手でぎゅっと握りしめてマッドサイエンティストな怪しい笑顔を見せた。
きらりと光ったハンジのゴーグルに、nameは何だか嫌な予感がして顔を引きつらせた。



それから(ハンジからしてみれば)軽く3時間ほど、巨人の生態や壁外調査の意義についてnameは聞かされた。
流石に疲れたので一度机に突っ伏したいところだが、書類で山積みになっているこの机にはそんなスペースはない。
机だけでなく、ハンジの部屋は人がまともに過ごせる状態ではなかった。
歩く隙間もないこの床をもしリヴァイが見たらどれだけ恐ろしいことになるか、想像もしたくなかった。

延々と続くハンジの話にだんだんと意識が遠くなっていく。
大学の講義だってこんなに長く話を聞くことはないのに、彼女の話は時々難しく、眠気を誘ってくる。

「そして…って、あれ。name聞いてる?」
「…はっ!すみません、何でしたっけ?」
「もー、仕方ないなnameは。もう一度初めから言うよ」
(えええええぇぇ…)

ハンジの言葉に絶望したnameは顔を青くして項垂れた。
聞こえないように小さく溜息をつく。
けれど、彼女の詳細な説明のお陰で巨人についていくらか知ることができた。

(最大で15メートルって…)

想像して身震いする。
外見は人間に近いが、人間を主食とする巨人。
そんなものと本当に戦うなんて。
地下ではいくら強いと言われても、リヴァイ達はただのゴロツキ上がりに過ぎない。
女の子のイザベルなんて、一瞬で一飲みにされてしまうだろう。
これまでは漠然としたものへの不安心だったが、巨人の生態を知ってしまった今、それは強い恐怖心へと変わった。

「あ、あの…ハンジさん」
「ん?なに?」
「その壁外調査って、みんな生きて帰ってこれるものなんですか?」
「……それは一概には言えないね。新兵の場合、初めての壁外調査では5割以上が死ぬこともある」
「5割…!?」
「だから調査兵団は慢性的な人員不足に悩まされていてね。君の仲間がエルヴィンにスカウトされたのもそういう背景があるわけさ」

そんな生存率の低いものだったなんて知らなかった。
だから、リヴァイ達は教えたがらなかったのだ。
詳しく知れば、不安と恐怖に苛まれるのがわかっていたから。
震え出した右手を落ち着かせようと片方の手で抑えるが、あまり意味はない。
すっかり顔色が悪くなってしまったnameに、ハンジは申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめん、不安にさせてしまったようだね。大切な仲間や恋人のことを思うと心が痛む気持ちはわかる」

ハンジの言葉はあまり響いていないのか、nameは一点を見つめたまま動かない。
「でもね」と、声のトーンを落としたハンジがnameの両肩を掴むと、彼女はゆっくりと目線を合わせた。

「大切な相手なら、待っている君は毅然としていなくてはいけない。壁外へ行ったら、彼らは兵士として全身全霊で戦う必要がある。君が動じて取り乱したりしたら、彼らは大切な場面で心に迷いを生むかもしれない。戦場での迷いは命取りだ」
「迷い…ですか」
「そうだよ。ただでさえ恐怖心を律するのは難しいのに、大切な人がいると、どうしても命が惜しくなるんだ」

現実を突きつけるハンジの言葉には厳しさがあるものの、諭すような優しさも感じられた。
この人も大切な人を失ったのだろうか。

「ま、だから調査兵には独身の奴が多いんだけどね!キース団長もそうだし、エルヴィンもモテそうな顔してずっと独り身なんだよね〜」

ハンジは自分のことは棚に上げて、独身男って寂し〜!と高らかに笑った。
彼女があんまりにもおかしそうに笑うものだから、nameもつられて吹き出してしまった。

「はははっ」
「…!へえ、nameって元々可愛いけど、そうやって笑うともっと可愛いね」
「え?いやいや、ハンジさんこそお上手ですね」
「本当だよ。君がそうやって笑って見送れば、リヴァイも絶対死ねないって思うだろうね」

同性とはいえそこまでストレートに褒められると気恥ずかしく、nameは淡く染めた頬をかいた。
話題がリヴァイとnameの話になってきたところで、ハンジははっと目を見開いた。
しまった!彼女に声をかけたのは巨人の話をしたかったからではなく、リヴァイについて情報収集をしようと思ってのことだったのに!

「ところで、あのリヴァイのことなんだけどさ…」
「ハンジ班長、失礼します」

ハンジが慌てて話し始めたところで扉がノックされ、彼女の部下のモブリットが顔を覗かせた。

「はあ、班長こんな所にいたんですか!…あれ、nameさん?」
「こ、こんにちは」

ハンジの姿を見つけるなり盛大な溜息をついたモブリットは、彼女の部屋の意外な客人に目を丸くした。
nameは咄嗟に挨拶をしてしまったが、彼とは面識がない。

「自分はモブリット・バーナーです。よろしくお願いします」
「name・fam_nameです。こちらこそよろしくお願いします」
「班長、いい加減訓練に戻られてください!いくらなんでも自由すぎです!」

爽やかにnameと握手を交わしたモブリットは、すぐに血相を変えてハンジへ叫んだ。

「待てモブリット!nameとの話はこれからが本題なんだ!ね、name?」
「えっ、でも、私もそろそろ仕事に戻らないと」
「そんなあ!待ってよ、君にはリヴァイについて聞きたいことが山ほどあるんだよお!」

必死の形相のハンジにガクガクと肩を揺さぶられながら、nameは軽く目を回した。
女性といえど、兵士の彼女の腕力はかなり強い。

「ああぁ、あの!例えばどんなことを聞きたいんですかっ?」
「そうだなあ。とりあえず、彼の夜の顔はどんな感じ?」
「…はい?」
「一見すると淡白そうだけど、実は絶倫だったりして!?」
「!!!?」
「班長!あなたに羞恥心はありますか!?」

ねえ、そのへんどうなの、恋人なら勿論知ってるよね?と息を荒くして聞いてくるハンジに、顔を赤らめたnameは後ずさっていく。
モブリットが懸命に止めてくれている隙に、急いで扉へと走った。

「すみません!仕事なのでこれで失礼します!」

早口にそれだけ言うと、nameは扉を思い切り閉め、走り去ってしまった。

「ああ、name!待ってよ〜…」
「班長…そんなことを聞くためにnameさんを捕まえてたんですか?」
「いや、本当はリヴァイの強さの秘密とかそのへんを聞きたかったんだ。さっきのは軽いジャブのつもりで聞いてみたんだけど…まずかったかな?」
「あれで軽いジャブって…ストレートに打った時はどうなるんですか」
「あははははー!それは素面では語れないよ!」

今度飲みに行くかい?と背中を叩いてきた上官に、モブリットは溜息をついて、「遠慮します…」と呟いた。



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