×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -




王都生活への切符となるロヴォフの書類探しは難航していた。
部屋を何度探しても見つからないということは、エルヴィン本人が持ち歩いている可能性が高いと考え、今月に控えた壁外調査で隙を見て奪うという結論になった。

ファーランとイザベルが意思を固める中、リヴァイは思案げに腕を組み、壁にもたれていた。
遂に壁外へまで行くことになってしまった。
本来なら、ここまで長居する予定すらなかったのだ。
未知の壁外でまだ見ぬ巨人達がいる中で、3人無事に帰ってくることができるのか。

もし、2人に何かあったら───。

「兄貴、どうしたんだ?」

眉間に深く皺を刻んで黙り込んでいるリヴァイに、イザベルが不思議そうに首をかしげた。
リヴァイはファーランとイザベルの2人を交互に見ると、徐に口を開いた。

「壁外へは俺一人で行く」
「…なんだって?」

初めての壁外では何が起こるか分からない。
行って帰ってくるだけで精一杯かもしれない。
帰ってこれるならまだいい。
だが、もし───。
その先を考えると酷く胸がざわついて、苛立ちを覚える。
例え壁外でも、どんな状況だったとしても、自分だけならなんとかなる。

リヴァイの提案に当然2人は食い下がった。
壁外の危険性を示唆しても納得しない彼らとの口論の末、「臆病風なんてらしくない」というイザベルの台詞に、ついかっとなってしまった。

「できないならこの話は無しだ!」



16 切符



クソ、苛々する。

部屋から連れ出した彼女の細腕を引いて歩を進める。
胸中を支配する苛立ちがリヴァイの歩く速度を自然と速めていた。

「ねえ、どうしたの?」

後ろから戸惑うnameの声が聞こえるが、前だけ見てひたすら進む。
どこか静かなところへ行って自分を落ち着かせたい。
こんな時いつもは一人でいたいのに、今日は彼女に傍にいてほしかった。
そんな、しおらしいことを彼が口に出せるわけもなく、不器用に彼女を部屋から連れ出し、この手を引っ張っていくことしかできない。

無言のまま階段を上り始め、屋上を目指す。
カツカツとブーツの音を響かせながら階段を上っていると、突然後ろに引っ張られた。

「待って…きゃ!」
「!」

転びそうになったnameの悲鳴に体が勝手に反応して咄嗟に支える。
至近距離で目が合った彼女の瞳には困惑の色が滲み、微かに揺れていた。

「あ、ありがとう…リヴァイ」

nameのぎこちない礼の言葉に、頭の奥がふっと冷静になっていく。
ああ、俺としたことが。
頭に血が上っていて、彼女の足に注意を払うのを忘れてしまっていた。
自分の失態に舌打ちをし、バツが悪そうに視線を逸らすと、今度はゆっくりと彼女の手を引きながら階段を上った。

「…悪かった」

小さく落とされた言葉はしっかりとnameの耳に届いたようで、ぎゅっと手が握り返されるのを感じた。



屋上の縁に腰掛けると、2人の間には静寂が訪れた。
こんな時、どうしたなんだとしつこく聞いてこない彼女の性格は有難い。
nameはただ静かに横にいて、流れゆく黒い雲を眺めている。
前に皆でここへ来た時は月が見えたが、今日は雲が多くて真っ黒な夜空だ。
まるで今の晴れない気分と同じ。

「今度の壁外調査、ファーランとイザベルは置いていく」

先に静寂を破ったのはリヴァイだった。
黙っていたとしても、今回のことはファーランとイザベルのどちらからかnameの耳に入るだろう。
自分の口から彼女に伝えてしまった方が誤解も生じない。
先ほど3人で話した経緯を説明すると、やはりというか、nameは不安げに眉を寄せた。

「その…私は巨人や壁外について3人よりも知らないけど、一人で行くほうが危険なんじゃ…?」
「俺は一人でも書類を奪って必ず壁内に戻ってこれる。だが…あいつらには無理だ」

ファーランとイザベルは立体機動装置を扱う能力は高い。
しかし、それは地下で生きていくなかでの話であって、対巨人になったら話は別だ。
特に、女で子供のイザベルはかなり危うい。
もし壁外で予想外の出来事があった時、あいつらを守りきれるかどうか。

『臆病風なんて───』

イザベルの言葉が頭の中で木霊する。
臆病だと?俺が?
違う、俺は自分のことで臆したことなど一度もない。
巨人だかなんだか知らねえが、戦うことは怖くない。
ただ、あいつらの顔が悲痛に歪むのを想像すると胸クソが悪くなる。
壁外調査に参加することが決まってから、もうずっとそんなことばかり考えているのだ。

「2人が心配?」

nameの問いかけに、はっとして顔を上げる。
彼女の瞳に映った自分は酷く狼狽しているようで、全く格好悪いことこの上ない。

「name、お前もあいつらのことは…特にイザベルのことは心配だろ」
「そうだね…でも、リヴァイが1人で行っても、3人で行ったとしても、心配する比重は変わらないよ」
「…………」

誰が行っても心配する比重は変わらない。
ならば、作戦の勝率は変わるのか?
3人で行けば確実にエルヴィンから書類を奪うことができるか。
いや。
それ以前に、全員が生き残れるのか?
ファーランとイザベルの顔が頭に浮かんでは、考えが堂々巡りをする。
どうすれば最善の選択をできる───?


「?ファーラン、イザベル…!」

ギィ…と扉が開く音がして視線を向けると、ファーランとイザベルが神妙な顔つきで立っていた。
驚いて声を上げたnameに対し、リヴァイは数度瞬きを繰り返しただけで、すぐに彼らから視線を外した。
恐らく、さっきまでの話は聞かれていただろう。

2人はリヴァイとnameの横に腰を下ろすと、やはり一人で行くことには賛同できない、と口を揃えた。
ファーランは短く息をつき、リヴァイの肩に手を置いて目線を自分に向けさせると、意を決して口を開いた。

「リヴァイ、俺達を信じてくれ」

ファーランの目に射抜かれ、リヴァイの眼がはっと見開かれる。
相棒の言葉に思わず言葉を詰まらせる。
真っ直ぐに見つめてくる目は、いつも隣で共に仕事をしてきた彼と同じものだ。
共に信じ、背中を預けてきたファーランの真剣な眼差しは、胸に強く刺さった。

「兄貴って意外と心配症だよな。これまでだって色々乗り越えてきたのにさ!今回も同じだって思わねえの?」

仕事、喧嘩、nameのことだって。
どんな場面でも彼らとは信頼し、共に走ってきた。
何にも代え難い彼らを危険から遠ざけるのではなく、大切だからこそ、信じることも大切なのかもしれない。

辺りが明るくなって空を仰ぐと、雲の切れ間から月の光が差し込んでいた。
こんな真っ暗では地下と変わらないと思っていたが、やはり、空と天井は全く違うらしい。
優しく照りつける月光は、そっと彼の背中を押す。

最善の選択は、これか───。

「わかった、信じよう」

リヴァイの返答に、ファーランとイザベルは歯を見せて笑った。

「もう地下には戻らねえ。王都への切符は3人で掴むぞ」
「おう!やっとそう言ってくれたな」
「本当だぜ、兄貴は頑固なんだから!」

顔を見合わせた3人は、いつもと変わらない彼らだった。
胸をなで下ろしてnameも微笑む。

あと少し、あと少しだ。
必ず切符を手に入れて、こんな所はさっさと出ていってやる。
王都で暮せば巨人のことなど考える必要もない。
そうすれば、心配の"比重"なんて考えることもなくなるはずだろう。
なあ、nameよ。



back