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あの壁の絵を見て以降、nameは俺のことを避けている。
話せば普通なのに、やんわりと距離を置かれているような。
まあそれも俺が妙な雰囲気にしたからで、自業自得なわけだが。

だから、昨日突然買い物に誘われた時はどんな気持ちの変化だって、そりゃ驚いたもんだ。

隣を歩くnameにちらりと視線を向ける。
2人で買い物なんて久しぶりだ。



14 泡沫



「無事に買えてよかった」

nameはラッピングされた小さな包みを撫でて満足そうに微笑んだ。
この世界へ来て、初めて自分で稼いだ金で買ったものだ。
本来なら初めての給料を貰えるのは来月のはずだが、ロッティに頼み込んで兵団から前払いしてもらったのだった。

ウエイトレスが持ってきたライムエードをファーランは軽く呷る。
明日で8月が終わるとはいえ外はまだ暑く、清涼な炭酸が喉を下る感覚は爽快だ。

「ファーランの包みは大きめだね」
「リヴァイの分も兼ねてるからな」

2人が街に来たのは、明日、誕生日を迎えるイザベルへのプレゼントを買うためだった。
偶然にもファーランと休暇が被ったことを知ったnameはすぐに彼を買い物に誘った。
初めて歩く地上の街につい視線があちこちへと動いてしまったが、なんとかお互い午前中のうちに目的のものを買うことができた。
だいぶ歩いたので、今はカフェで休憩をしているところだった。

「明日は3人とも訓練よね?」
「ああ、折角の誕生日なのに最悪だーってイザベルが嘆いてたな」
「夕食のあと…21時前くらいかな。3人で食堂に来てほしいの」
「いいぜ。何か作るのか?」
「うん、簡単なケーキをね。プレゼントもそこで渡したいなって」
「ははっ。俺達、やってること地下の頃と変わんねーな」

ファーランが声を出して笑うとnameもつられて笑う。
ああ、nameと2人でこんな風に笑うのは久しぶりだ。
地下でも休暇の日は、よくこうやって一つのテーブルで向き合って話をしたっけな。
そんなに昔のことではないのに、ファーランは懐古的な気分になっていた。
ライムエードの炭酸がしゅわしゅわと音を立てている。

「そういえば、足の方はどうだ?」
「順調だよ。今日も転ばなかったでしょ?」

確かに、今日は一度も転んでいない。
ここへきてまだ3週間だが、彼女の足の経過はいいらしい。
同じ病を患って日に日に弱っていった母親を思い返すと、彼女の回復には目を見張るものがある。
薬のお陰か日光のお陰か、はたまた彼女の生命力によるものか。
何にせよnameが元気になってきている事実はファーランを心底安堵させた。

「ファーラン、本当にありがとう」

nameは少しはにかむ。
突然の謝辞の言葉と照れくさそうな彼女にファーランは目をぱちくりさせた。

「なんだ改まって?」
「私の足のこと、ファーランが一番心配してるって聞いたから」
「聞いたって誰にだよ?」

どうせリヴァイだろうけど。
少し前から気づいたが、あいつはnameにだけは口が軽くなるとこがある。

「安心して、私は死なないよ!」

拳をぐっと見せてきたnameに、ファーランは思わず苦笑いした。
今の台詞からして、やはりリヴァイから聞いたらしい。
母親のことを受けてそう言ってくれたnameには素直に嬉しさを感じるが、内心で軽くリヴァイに毒づく。
他に変なこと言ってないだろうな。

「今日ファーランと出かけたのはね、イザベルのプレゼントを買いたかったのもあるんだけど、本当はこうしてお礼を言いたかったんだ」
「え?」
「足のことだけじゃない。地下の頃からずっと、私のこと心配していつも助けてくれて本当にありがとう」
「…なんだよ、照れるだろ!」

ファーランは照れくさそうに後ろ頭をかいた。
そんな彼を見て、「照れろ照れろ」とnameは笑う。

「本当に感謝してるんだよ。ファーランにしか言えないことだってあるし!」
「ああ、リヴァイの本をバケツにどぼんさせたこととかな」
「!!それはこの先もずっと内緒だからね!」

誰も告げ口なんてしないのに、周りを気にするようにしーっと人差し指を立てたnameがおかしくて、ファーランは大声で笑った。
nameは「笑いすぎ!」とむっとしつつも、すぐにくしゃっと笑顔になった。
勢い余って肘がグラスに当たってしまい、ライムエードが零れそうになるのをファーランは慌てて止めた。
炭酸が激しく音を立てて、泡がいくつも上がってくる。

「なんか、久しぶりにこんなに笑ったな」
「私も。ファーランとはいつもふざけてばっかり」
「とか言ってこのノリも好きなんだろ」
「ふふ、まあね。居心地いいよ」
「…………」

居心地いい、か。
全く、そんな風に屈託なく笑って言うなよな。
期待するじゃないか。

nameにはリヴァイにしか見せない顔がある。
でも、俺にしか見せない顔だってある。
ふざけてはしゃいで大笑いするnameを、リヴァイ、お前はどれだけ知ってる?

そんな小さな優越感に浸ると、時々思う。
タイミングさえ違っていたら、俺を見てくれる未来があったかもしれないって。
そんなifを、つい考えてしまう。
完全にリヴァイに傾く前にその腕を引っ張っていたら、nameは今、俺の恋人として向かいで笑ってくれていたんじゃないかって。


ファーランは目を伏せて頬杖をつくと、グラスの中のライムエードを眺めた。
炭酸の泡が下から上へと浮かび、泡沫となって消える。
消えては浮かび、消えては浮かび。
何度も同じことを繰り返している。

「明日の夜も楽しみだね」

沢山笑って喉が渇いたのか、nameは自分のグラスに口付けると一気に飲み干した。
何度も浮かんでいた白い泡は、酸っぱいライムエードと共に彼女の喉の奥へと消えた。
恋愛感情ってのは厄介だ。
何度消そうとしても、また湧き上がってくる。
俺の中に浮かんでくるこの泡もそんな風に飲み干してもらえたら楽になるのに。

「ああ、楽しみだ」

まったく。
俺はいつから愛想笑いが下手になったんだ?



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